80 こうなるらしい
途中ルドマーの領都でのんびりしたりもしたが、基本はパッパカと馬を走らせることで中央にはわずか四日で到着した。まあ、到着した先々の宿場町で魔物素材のお披露目をしていたウデイア領とまでの旅程が長過ぎただけともいう。
「なぁにこれぇ……」
なぜボクがそんなことを言ってしまったのかと言うと、草原のかなにぽつねんと宮殿が立っていたからだ。しかもこれまでに見てきた街並みなどとはまるで異なる奇妙極まりない建築様式ときている。
「正直に言っちゃっていいかな?……趣味悪くない?」
ボクの言葉にアプリコットさんたちは苦笑いを浮かべていた。どうやら皆の意見も同じようなものらしい。
「一応、大王国時代の貴重な建築物ではあるのよ?平和が長く続いた中期の頃には、ああした奇抜なデザインが大流行したらしいわ。まあ、あくまでも一過性だったようですぐに廃れて取り壊されるか改修されてしまったそうだけれど」
そして今日でも現存するのは、ドコープ連合国の中枢機関として使用しているここだけになってしまったのだとか。
どうして残っているのか、それはこの建物が建てられた経緯に由来する。
「王族が視察に来るということで、当時個々の領主だったさる貴族が新進気鋭の建築家に大枚をはたいて張り切って造らせたものらしいぞ」
「南方に王族が訪れるのは稀でね、この時に実に百年ぶりのことだったらしいわ。そして王族を迎え入れた建物をそう簡単に潰すことはできないし、寂れさせでもすれば忠義を疑われかねないから以降は細々と利用されていたそうよ」
なお、建て替えるお金がなかったというのも事実らしい。世知辛いね。
「それにしてもいくらちょうど中心地域にあるからとはいえ、そんな建物に国の中枢機関を置くだなんて、思いついた人はかなりの皮肉屋だね」
「はっきりしたことは分かっていない辺り、提案した本人もそういわれるだろうことを理解していたんだろう」
うっわ。それはもう絶対に確信犯だわ。
「そろそろ行きましょうか。ああ、内装の方は手を入れているから安心してちょうだいね」
「それは良かった。さすがにあんな妙な様式の空間に耐えられる自信はないよ」
和やかな雰囲気でいられたのもここまでのこと。到着したボクたち、正確にはアプリコットさんとエルガートさん、それにボクの三人はすぐさまとある一室へと連行されることになった。
そこで行われていたのは、四家の当主たちと中央の代表者によるドコープ連合国のトップ会議だった。
「前代未聞の襲撃を切り抜けるどころか、攻め寄せた魔物を全て撃滅して見せたのは見事だ。そこは認めよう」
「だが、冒険者ギルドの職員はおろか、騎士にまで怪し気な動きをする者がいたというではないか。その責任はどうとるおつもりか?」
「然様。状況によっては砦が落とされ国の全土に草原地帯の魔物どもが広まっていたかもしれぬのだからな」
まるでウデイアの当主を責め立てるように次々と三人が言葉を続ける。その様子を見て最初に込み上げてきたのは違和感だった。
この場にいる人間には真実が知らされているはずであり、だとすればあの戦いがいかに異常なものだったのか――ボクが無双したことも含めてね――を理解していないのはおかしい。
しかもそれをわざわざウデイアの娘であるアプリコットさんや当事者のボクに聞かせる?あり得ない。仮に不仲だと思わせたいのだとしても、もう少しやりようがあるでしょう。
という訳でもう少し様子を見ることにした。
「……致し方あるまい。此度の戦いで得た魔物素材は四家に均等に分配する。ただし、砦にいた兵士や冒険者たちへの報酬は別とさせてもらうぞ」
「それは当然だ。我らも冒険者たちにそっぽを向かれたい訳ではないのでな」
「ふん。ぬけぬけとよく言う」
ふむ。一見緊迫したやり取りだけれど、つまりは「そういうことにする」という表明なのかな。実際あれだけの量の素材だ。ウデイアだけでは捌ききれるものではないし、かといって下手に売り払っては仮想敵国でもある周辺国へと流出してしまう恐れがある。
薬の元になるだけならまだしも、今回の素材は武具に転用できる物も多いから国内で消費しきることが望ましいと判断したのだろう。
しかし、現状では草原地帯の魔物素材で作られた武具は一級品揃いだ。譲渡となるとウデイアの他家への貸しが大きくなり過ぎる。
そこで逃げたギルド職員や、騎士という立場にありながら大失態を犯したライジャンを槍玉に挙げてその補填――という体にする――として円滑に分配できるようにしたのではないかしらん。
ボクたちに見せつけたのは、あえて内情をあらわにすることで理解を求めたというところかな。まあ、今のやり取りの裏を読みとれるか試すという面もあった気がする。
「こんな具合だと思われるのだけど、いかが?」
「お父様たちも表情を取り繕えていないし、大正解だと思うわよ」
冷めた調子でアプリコットさんに言われて、パッカーンと開いていた口を慌てて閉じるとキリリとした顔になる五人。遅いって。
「それで、親父殿たちはこんな茶番を見せるためだけにわざわざ彼女を呼びつけたのか?」
スッと矢面に立つように前に出て、エルガートさんが険しい声で尋ねる。実家に立ち寄ったことでまた何か思うところがあったのか、その背中はこれまでとは比べ物にならないくらい大きく見える。
キュンときた?……ああ、うん。ボクの隣のアプリコットさんがね。
「そんな訳があるか。さっきのは我らがどう対応するのかを知ってもらっただけだ」
「うむ。それと決定事項なのでな。申し訳ないが覆ることはない」
「はい。正式な四者会談として議事録にも残されております」
とか言いながら本気で拒否を突き付ければ修正に応じてくれそうよね。こうしてわざわざ立ち合わせたのも彼らの誠意の表れ的なものなのかもしれない。
もっとも、ボクとしては冒険者たちへの報酬がきっちり支払われるのであれば問題ない。悪目立ちしたくないという思いは徹頭徹尾変化していないしね。こうして国のお偉いさんたちの前に引き出されている時点で意味がなかったかもと思わないでもないけれど……。
「否はないよ。ボクがあの場にいたのは偶然の巡り合わせだから。……これに味を占めて何度も幸運に縋ろうとしなければ、ね」
いつまでも、居ると思うな、エルネちゃん。
根無し草の旅がらすはいつどこへ飛んでいくのか分からないものなのさー。




