79 ルドマー領都でのんびり
極秘裏とはいかなくても、大々的にならないよう中央への移動は数回に分散して行われることになった。ちなみに第一便の当主様は既に出発しており、第二便となる砦からの魔物素材を満載にした荷馬車と警備の一団ももうすぐ出発する予定。
ボクはアプリコットさんたちと一緒の第三便だが、少人数で駆けていくので到着は第一便とほぼ同じになる予定だ。
「え?全員騎馬で行くの?アプリコットさんやトニアさんも?」
「そうよ。今度は普通に街道を走らせるだけだから楽なものだわ」
そういえばこのお姫様、砦への往路は同じく騎馬で魔物が出没しやすい領域を抜ける緊急用の連絡路を通ってきたのだったね。それに同行してきたのだからトニアさんも問題なしなのだろうね。執事とは?
「もしかしてエルネさん、馬に乗れない?」
ほっほっほ。ようやくその可能性に気付いてくれましたか。
「正確には乗ったことがない、だね」
妹分のケンタウロスの背中にはよく乗せてもらっていたのだけれど。なお、あの子が人化できるようになってからは抱っこされていることの方が多かったのは秘密です。
「馬に怖がられたり嫌われたりはしていないと思う」
これまでの旅の途中でも、普通に背中を撫でさせてくれていたしね。不機嫌だった前半?なんのことでしょうかねえ?
ともあれ、急遽乗馬訓練が行われることになり、出発の日までにはそれなりに乗れるようになったのでした。
パッパカパッパカと馬たちが駆ける。領都を中心に南北に延びるのが領内の主街道なら、東西の道は各領都と中央を結ぶ国の核となる中心街道と言えるだろう。宿場町の規模も多少ではあるけれどこちらの方が大きい気がするよ。
まあ、ほとんどが横目で見ながら通り過ぎるか、馬の休憩のために少しだけ立ち寄るだけだったのだけれど。
ルドマーの領都ではエルガートさんとアプリコットさんがお屋敷に招かれている間、一人気ままにあちこちを散策させてもらった。チラッチラッとついて来て欲しそうな視線を感じたが、こっちは平民ですよ?一緒にいる方が無理があるというものだよ。
「質実剛健って感じで重厚さを感じさせる街並みだったねえ」
「どの領都も歴史だけはありますから。ただ、華やかさという点では他国に一歩劣っていることは否めません」
下町のとある食堂で卓を囲みながら、向かいの席に座るお姉さんが憂いを帯びた顔で言う。
騎士の一人として本来アプリコットさんの警護――とお世話――に派遣された彼女だが、そのお姫様が盟友のルドマー家にお呼ばれしているために手が空いた、という名目でボクの観光につきあってくれていたのだった。
「これも大王国時代からの弊害ってやつかな」
「はい。南部は魔物との戦いが繰り広げられている辺境の地という扱いでしたから」
ロザルォド王家の祖となった一族が北部の出身だったことも関係しているのだろうね。大王国の樹立に最後まで抵抗していたのが、南部の豪族たちだったのだそうだ。
更にそんな土地だから最初こそ腹心が派遣され平定に当たっていたらしいのだけれど、すぐに恭順が遅かった者たちや腹に二物ありと疑われた者たちを封じるようになっていった。
その当時から草原地帯の巨大魔物が度々這い出してきていたらしいので、力を削ぐにはちょうどいいと考えたのかもね。撃退に成功するならそれでよし、失敗したならそれを理由に罰するつもりだったのでしょう。
「『野薔薇姫物語』でも、南部の貴族は潜在的な敵として描かれることが多くて残念です」
心底悲しそうに俯くお姉さん。ボクのお目付けとして彼女が選ばれた理由の一つが、『野薔薇姫物語』シリーズの熱心な読者だったためだ。
さすがに購入はできずにほとんどは知人や同好の仲間から借りたそうだが、それでも公式ナンバリングタイトルを全部読破しているとかすごくない?確か五十冊を超えていたはずなのだけれど……。
ドラゴンの集落からママンたちを連れてきたら一日中でも語り合っていそうだよ。というか、自由に読める図書館があると知れば狂喜乱舞しそうだわ。
「現実で国が崩壊する時には、重鎮や血族が我先にと離脱していったのだから皮肉だよね」
南部貴族たちは有力な後ろ盾を持てなかったという面もあったのだろうけれど、それでも結果としては最後まで大王国を生き永らえさせよとしていたのだ。
まあ、これも穿った見方をするならば、国策として行われていた巨大魔物撃退のための派兵を必要していたから、ということになる訳ですが。
「ところでお姉さん、アプリコットさんの身の回りの世話を任されるくらいだからウデイアの分家の出身とかだよね?その割にこういう下町のお店に入り慣れてないかな?」
馴染んでいるというか浮いている感が全くないのだ。もしかすると尻尾があるボクの方が周囲からの視線を集めてしまっているかもしれないくらいだよ。
「私なんて分家とすらいえない傍流の出ですよ。その証拠に貴族の証である金髪や碧眼、そのどちらも持たない者が多いくらいですから」
お姉さんは青い瞳だが髪の方は赤みの強い茶色だった。
「もっとも、そのお陰でこうしたお店にも出入りしやすいのですけど。昔から仮面騎士の章を始め、変装したアンリ姫が下町の食堂や酒場へ出入りしていることに憧れていたんです」
「ああ、情報を集めるなら酒場が定番だったね」
なお、探している情報は盗まれた至尊の魔石だったり、攫われたオリヴィア姫だったりします。
冷静に考えるとそんな重大犯罪の情報が、盗賊御用達の特殊な店でも何でもないごく普通の酒場に転がっているとか不自然過ぎだよねえ。犯罪者側にもやたらと口の軽い関係者が絶対に一人はいるし。
「そこはお話ですから。ですがそんな口の軽い犯罪者ばかりなら、私たちも楽ができそうです」
「それは言えてるかも。作戦や狙いをボロボロ喋ってくれたら、当日に網を張っておくだけで大量捕縛できそう」
そう言ってお姉さんとくすくす笑い合う。こうして束の間の休養日は楽しく過ぎていったのでした。
一方、どこかの二人は相当大変だったようで、翌日になっても引きつったような笑顔が張り付いたままになっていたけれどね。
詳しくは聞いていないけれど、大なり小なり自分たちの我を通そうとしているのだ。踏ん張りどころだと思って頑張ってもらうしかないです。




