78 ウデイア領都にて
翌日以降は魔石確保のためにバリバリと魔物をやっつけていく、なんてことはなく。
そもそもボクたちが向かっているのは領都だ。その地域の中核となる街なのだから近付くにつれて治安が良くなるのは当然のこと。つまり魔物と遭遇すること自体が稀となっていたのでした。
時折馬車列を前に後ろに走り回っては安全を確認する以外には、アプリコットさんが乗る先頭の箱馬車後方にある出っ張りに腰かけてのんびりすること数日、ついにボクたちはウデイアの領都へと到着したのだった。
が、それも束の間。すぐに今度はドコープ連合国の中枢である『中央』へと向かうことになる。
どうやら今回のことの大きさを鑑みて、四家の当主と国の上層部による緊急会談が行われることになったらしい。
「うん。ペカトの街からの増援として解体作業にも従事したエルガートさんや砦まで報告を受けに来たアプリコットさんが参加を要請されるのは分かる」
ウデイアの姫のアプリコットさんはもちろん、エルガートさんもルドマーの本家筋、それも当主の直系みたいだからね。そちらの意味でも参加は義務のようなものだろう。
「なんでボクまでそこにお呼ばれしてるかな?」
領主のお屋敷に呼び出されたかと思えば、アプリコットさんとエルガートさんからそのことを伝えられたのだった。
問われた、というか愚痴られた二人が苦笑いをしている。手なんか握っちゃってさ。相変わらず仲が良くてなによりだよ。なお、エルガートさんは緊急時の直通路を使ったので、ボクたちよりも早く領都に到着していたもようです。
話を戻すと、このお呼ばれというのがまた面倒なポイントでして。ボクに対しては参加を「要請する」ものではなく「お願い」という、いくら冒険者を優遇しているドコープ連合国とはいえあり得ないレベルで下手に出たものだった。
その上厄介なのが冒険者ギルドを通してそれが行われていたことだ。
いや、冒険者を管理するギルド経由というのは至極真っ当なやり方であり、筋を通したものではあるのだけれど、これによってボクはギルドの体面も考慮しなくてはいけなくなってしまった。
簡単に言うと、イエスしか答えがなくなっていたのだ。
冒険者を辞めて全部無視するという選択肢もなくはなかったのだけれど……。そこまでするほどでもないのだよねえ。この大陸のほとんどを支配しているのは人間種だ。ぶっちゃけ、そこを旅する上で冒険者という身分を失う方がデメリットが大きいのだ。
やれやれ。ドコープの中央は切れ者揃いのイメージがあったけれど、まさか自分が彼らのターゲットにされることになるとはね。まあ、今回は上手くこちらの逃げ道を塞いできたあちらに敬意を表するということで。
……負け惜しみじゃないもん。
「恐ろしいほどに強い草原地帯の魔物三百を苦もなく倒すだなんて人間業ではないもの。既知になっておきたいと考えるのは当然のことよ」
「そうだな。だが心配はいらない。『冒険者は自由であればこそ強く頼もしい。決して縛り付けることなかれ』だ。当主に近い者ほど耳にタコができるまで聞かされる言葉だ」
だといいのだけれど、この国への害意をあらわにするどこかの誰かがいるようだからなあ。
とはいえライジャンを例に出すまでもなく、暗躍で手を伸ばすならば当主のようなトップ層よりもそこへの不満を持つ者の層を狙うものだろう。
「中央にまで敵の手が伸びていないかを調べる試金石にはされそう」
「あー……、うん。そこは否定できないな」
領地を預かり、加えて国政にまで参加している人たちだ。それくらいの強かさはあって当然だろうからねえ。
その点、二人はまだ若いこともあって脇が甘い部分がある。例えば、他に人目がないとはいえ手を握り合ったりとかね。いくら広く知られていてほぼ公認の仲とはいえ、確定していない以上いくらでも騒ぎの種にできちゃうものなのよ?
まあ、その辺りは周りの人がフォローするなり教育するなりしていくのだろうけれど。
ねえ、トニアさん?
アプリコットさんたちが座る数人掛けのソファの斜め後ろに立っている執事さんに目を向ければ、ニッコリと良い笑顔を返してくれましたとさ。
「目的はボクの顔を見ること、そう思っておいて問題ないのかな?」
「その認識で構わないと思うわ。……ああ、でもこちらの要望を突き付けるくらいのことはしてくるかしら」
「要望?」
「簡単に言うと、「我が国に残ってくれ」だな。できれば騎士や兵士になって国に紐づいてもらいたいが、冒険者の立場が気に入っているならそれでも構わない、という調子で譲歩して見せるだろう」
最初に通ればラッキーくらいの――もちろんそんなことは噯にも出さないだろうが――厳しめの内容を提示しておき、その後で条件を軽くした提案を出すことで譲歩したように見せかける。よくある交渉術の一つだね。
「と、ここまでも本気であることに違いはないんだが、本音としては「他国へ行っても我が国と敵対しないで欲しい」、これだろうな」
「そんなに緩々なお願いなの?」
「さっきも言っただろう、冒険者を縛り付けることなかれさ。それにこれくらい緩いからこそ二度三度と戻って来てくれたり、骨を埋めてくれたりする者たちも多いのだ」
なるほど。実績に則った方針なのね。ちなみに敵対とは、ドコープ連合国に対するいわゆる侵略戦争に加担しないことだそうだ。依頼の関係でドコープ側から仕掛けた調略とかに抵抗するようになっても、そこはお互い運が悪かったから仕方がないと目をつむることになるらしい。
「だけどそれ、今の段階でボクに言ってはいけないやつじゃないのかな?」
「確かにどちらかと言えば私たちの側が意思を統一するためのものね。だからこれを伝えたのは私たちなりの誠意の表れだと思って欲しいの」
「ほえ?」
「俺たちは君の実力をこの目で見て、絶対に対立してはいけないと心に刻んだんだ。例え他の誰が敵対しようとも、俺たちだけは君の味方であり絶対に裏切らない。その証だと思って欲しい」
ちょっと大袈裟ではないかしら、とも言い切れないか。やろうと思えば〔ブレス〕の一発で街を丸ごと灰燼にすることもできちゃう訳だし、ボクと敵対するということはある意味国家存続の危機よね。
「誠意には誠意を、好意には好意を。お二人が信頼できる友であろうとしてくれる限り、ボクも誠実なる友人であり続けることを誓いましょう」
これで少しは安心してもらえたかな?
ねえ、壁の向こうで聞き耳を立てている誰かさんたち?
〇壁の向こうの誰かさんたちの言い分
「ちゃ、ちゃうねん!ルドマーの坊主がうちの娘にちょっかいを出さないよう見張ってただけなんだ!」
「そうそう!あの子たちの初々しい様子を見てニマニマしようとしてただけなの!」
「うえ?」
「はあ?」




