75 魔石とは何ぞや?
さて、フライパンの汚れ落としに四苦八苦となっているボクの横では、冒険者たちがオークの死体処理を行ってくれていた。もっとも討伐証明部位の鼻を切り取って、後は心臓付近にある――こともある――『魔石』を取り出すだけなので、砦での解体作業に比べればはるかに簡単だ。
あとは処分――主に焼却となるよ――しやすいように一まとめにしておくだけ。ちなみに冒険者の場合、処分ができない時には速やかに近隣の冒険者ギルドに申し出なくてはいけない決まりとなっているので要注意。
ところでこの魔石なのですが、魔物の生態の中でも一等よく分からない謎なアイテムだったりします。
謎その一、有無が不明。冒険者の間では「およそ十体に一個の割合」だと言われているのだけれど、これだってあくまでも体感的なものなのですっごく出ることもあれば、全くでないときもある。
現にペカトの街の近くで倒した三体も含めて、砦を襲った草原地帯の魔物三百体の中には魔石持ちは一体もいなかった。その一方で、
「うわ!?また魔石があったぞ!?」
このように六十数体のオークから三個も魔石が取れてしまうことだってある。
はっきりしていることは「魔物だけが体内に持っていることがある」、この一点だけなのだ。
謎その二、法則が不明。先述した通り魔物の強さと魔石の存在は一致しない。
一応ホーンラビットやビッグマウス、次いでゴブリンやオークからの発見報告が多いけれど、これは街や村から近い場所に生息しているため討伐される数が圧倒的に多いためだろうと考えられているよ。
なお、キングやジェネラルといった特殊な上位個体かどうかも関係なかったりする。
謎その三、意味が不明。そもそもの話、魔石が魔物にどのような影響を与えるのかがさっぱり分からないのだ。例えば毒蛇が持つ毒腺や毒袋のような特定の能力のための器官という訳でもなく、かといって身体能力の向上といった効果も見当たらない。
冒険者の間では時折「魔石持ちの方が一般の魔物よりも強い」なんて噂話が流れたりもするが、まあ、個体差だろうねえ。
「魔石って何なんだろうね?」
「あら、エルネさん。フライパンの掃除は終わったの?」
「……領都に着いたら腕のいい金物屋さんを紹介してください」
「トニアに伝えておくわ。魔石かあ……。魔力がこもった謎の石よね。古来より研究が続けられているけれど、その真相に迫れた者は誰一人いないという話ね」
あと、そのこめられた魔力を利用できないかという研究も続けられているらしいのだが、こちらも芳しい成果は得られていないそうだ。
「体内の魔力のように魔法の起点としても使えないし、世界に満ちる魔力のように同調させることもできないのよね」
ここでちょっと解説。この世界の魔法は、術者の体内にある魔力で核となる部分を作り、そこに世界五満ちる魔力を同調させて纏わせることで発動へと至るのだ。なお、一般的に魔力と言えば前者の体内魔力の方を指します。
ついでの余談。技能や闘技はまた違っているようなのだけれど、一時的に身体能力が著しく向上するようなものは体内の魔力を消費しているような気がするね。あとはボク限定になるけれど〔ブレス〕や【裂空衝】といった放出系のものは確実に魔力を用いている。
「魔石の中の魔力は減ることはないの?」
「まったく減らない訳ではないわ。ただ、小さい物でも完全に抜けきるまでに十数年かかるとされているわ。大きいものになると数百年よ。ローズ宗主国の国立博物館にはロザルォド大王国成立間もなく献上されたと言われている大魔石が展示されているのだけれど、伝承の通りであれば魔石が空になるまで六百六十八年かかったことになるの」
「ああ、『野薔薇姫物語』シリーズにも何度も登場している『至尊の大魔石』ことだよね?」
「あら?エルネさん、詳しいのね。そうよ。そして内包していた魔力もとんでもなく多かったそうで、魔法使い千人分にもなったともされているわ」
わーお。それだけの魔力が込められていたなら、何かに利用できないかと考えるし、研究が進められるのも当然のことかもね。
と、ここまでの会話でご理解いただけていると思うけれど、最後にして一番の謎なのが、用途が不明なことだった。
「魔力はなくなったけど未だに残されているとは驚きだねえ」
「ローズ宗主国が正当な後継国だと言い張る根拠の一つだから。わざわざ展示してあるのもそれが理由よ」
権力的に重要なアイテムなのは、物語の中も現実も変わらずなのね。
「話を戻すと、一応我が国でも中央の一部署が細々と研究を続けていたはずよ」
「そうなの?それならギルドではなくアプリコットさんに売った方がいいのかな?」
「普段なら是非ともと手を挙げるところね。だけど今はあの魔物素材の山があるから遠慮しておくわ。四家のパワーバランスもあるから、うちばかりが貸しを作るのも良くないのよ」
「了解。それじゃあ、臨時収入ということでギルドに売り払わせてもらうよ」
まあ、小粒だし色合いも良好とは言い難いから、お小遣い程度にしかならないだろうけれどね。
「そうそう、キングを倒したから放っておいても弱体化していくとは思うけれど、次の宿場町に着いたらギルドにはオークの群れができていたことを伝えて調査するように指示しておくわ。もっとも、この森は広くて隣のルドマーにもまたがっているから完全な探索は難しいかもしれないわね」
下手に森狩りをして、逃げた魔物が他領に押し寄せたりしたら大問題だものねえ。結局は問題が起きたらその都度対処していくしかないらしい。領地経営は大変だね。
「そろそろ処理も終わりそうかな?」
「そのようね。それじゃあ、張り切って燃やしましょうか」
「んえ?アプリコットさんが焼却するの?」
てっきり冒険者の誰かがやるのだと思っていたのですが。
「私なら後は馬車に乗っているだけだもの。仮に魔力を使い過ぎても問題ないでしょう」
「なるほど、そうきたか」
確かにその通りだ。敵員者がいるのだからわざわざ戦力を低下させるようなことは避けるべきだろうね。そんな訳で、馬車に閉じこめられて窮屈な思いをしていたストレスの発散なのは見逃してあげることにしましょう。
「火よ、立ち上り壁となれ!【ファイアウォール】!」
ごうっ!と火の壁がオークの死体を取り囲む。単発の攻撃魔法ではなく防御向けだが持続時間が長く、その上追加の維持も容易なウォール系を選択するとか、やけに手馴れてないですかねこのお嬢様?
〇『野薔薇姫物語』シリーズにおける『至尊の大魔石』
国宝クラスなのに登場するたびに盗まれる危機感のない子。仲間に主人公アンリの妹で登場するたびに攫われる『オリヴィア王女』がいる。
毎度のように破壊されているが、実は偽物!すり替えるためのダミー!精巧な模造品!のいずれかなのが鉄板。
アンリ姫が触れるとまばゆい光を放ったりするが、実際は王族どころか歴代の王が手にしても何の反応もなかったらしい。
〇魔石の裏設定
実はダンジョンで手に入る古代魔法文明期に作られたマジックアイテムの動力源になる。のだが、動かないマジックアイテム=用途不明で外れだと思われているので、よほど荷物と労力に余裕がある場合を除いてそのまま放置されるのが現状。
そのため魔石とマジックアイテムの関係に気付いた者は皆無なままとなっている。




