74 オークの群れ殲滅戦
やはりと言うべきかしょせんはオークの群れ、一度混戦の乱戦となってしまえばリーダーがいようがいまいが関係なく暴れ回るばかりとなった。
まあ、最初から全滅させるつもりだったから問題ない。むしろ逃げられる心配がなくて気楽になったというものだよ。
「乙女の敵は滅ぶべし!」
「ブギョー!?」
慈悲はない。元々人間種と人型の魔物とは生息域が重なっている。つまりは生存競争の相手でもあるのだ。そこにきてオークやゴブリンは『胎借り』という他種族の女性で子孫を増やす種族特性を持っているときている。目の前にいるこいつらだって、そうした被害者から生まれた存在かもしれないのだ。
これはもう不倶戴天の仇敵と言っても過言ではないでしょう。
「動きは鈍重で攻撃も単調っと。武器は棍棒が基本で稀に冒険者や隊商から奪ったっぽい剣や槍を持っているやつがいるばかりね」
数が減ってきたことから観察する余裕も出てくる。相変わらずボクとの力量差は理解できていないようで側にいる連中は「フゴフゴッフ!」と気味の悪い鳴き声を発しながら突進してくるばかりだ。
その一方で視界の悪さがなくなっても同士討ちをしているやつらに変化はなく、半数くらいは仲間内で喧嘩をしているようになっていた。
……ふむ。少し試してみたいこともあるし、戦い方を変えてみようか。
動きを止めて接近してくる一団を見据える。遠くで慌てた風な声がするが、放っておいても構わないでしょう。
先頭の一体が足が地面から離れたところで、
「【アース】!」
残った足の真下を魔法で隆起させる。
「フンゴッ!?」
「ブモッ!?」
「ブヒーッ!?」
前進するために今まさに蹴ろうとした地面が急に盛り上がったことでバランスを崩す、ところまでは予想していたのだが、まさかよろけて隣にぶつかり更にはその後方まで巻き込んで派手に転倒するとは思ってもみなかったよ。
上手くいきすぎてボクの方が引きそう。
まあ、せっかくのチャンスを見逃したりはしないけど。サクッと止めを刺していき討伐数を増やす。
さて、ここまでの一連の流れでお分かりだよね。試してみたいことというのは、魔法を戦いに組み込むことだった。
一般に〔基礎魔法〕は効果が弱過ぎて戦闘には使えないとされている。例えば【ウォータ】で生み出せる水はコップ一杯ほどだ。大山脈の頂上のような極寒の場所でもなければ、それだけの量の水を頭から掛けられたところで痛くもかゆくもないだろうね。
だけど、そのタイミングが武器を振るおうした矢先だったなら?または逆に攻撃を受け止めようと盾を構えた瞬間だったならどうだろうか?少なくとも意表を突いて戸惑わせるくらいの効果はあるのではないかしら。
仮に上手く機能しなくても、そういった手段もあるとけん制にもなる。突撃するしか能のないオーク相手では、この点はほとんど意味がないけれど……。
「まあ、実戦でのいい練習台にはなるでしょ。数も多いしね。【ウォータ】!」
さっそく「フゴー!」と威勢よく走って来る一体の顔を目掛けて水をパシャリ。目潰しアンド咳き込んで足が止まったところを心臓を一突きして倒す。
うーむ……。なんというか、上手くいきすぎるのも問題かな。成功例が続き過ぎて勘違いしてしまわないように注意だわ。
その後も【ライト】や【ダーク】で目潰しや目くらましをしたり、【ファイア】をあらぬ方へと撃ち込んで虚を突いてみたりしたのだけれど……。次から次へとこれでもかというくらい見事に引っ掛かってくれましてね。雷属性の【エレキ】に至っては痺れて動きが止まってしまうので煮るなり焼くなり好き放題となってしまったよ。
そうそう、実はオークの肉は食べられます!!
まあ、人間種にほど近い見た目をしているから食欲よりも嫌悪感や拒絶感の方が先にきてしまい、実際に食べる人は多くないのだけれどね。ドコープ連合国ではボアローボアやホーンバッファローといったそこそこ大きく可食部位が多い魔物が生息しているので、オークを食べる風習はまずないそうだ。
一方で、東の遊牧民たちが暮らしている地域ではオーク食が盛んだ。これは大山脈の麓で高地ということもありやせている土地が多く、どこにでもいるホーンラビット以外に食肉にできる魔物もほとんどいないためだ。
加えて、遊牧民たちの財産であり家族でもある馬や羊といった家畜を襲いにくる、絶対に相いれない存在でもある。肉を喰らい骨をしゃぶることで、憎い敵を討ち滅ぼしたことの証しとしてきたのだ。
閑話休題。おまけ話はこれくらいにしまして。
魔法が飛び、ハルバードをひるがえすごとに一体また一体とオークが倒れていく。それでも食欲という本能を刺激されたやつらの猛進は止まらない。キングが生存していたならまた違った展開になったかもしれないが、既にお亡くなりになっている。
残りわずかとなり我に返って逃げようとした個体も、周囲に展開していた冒険者たちによってあえなくご臨終です。ただでさえ鈍重気味なあいつらが馬の機動力に勝てるはずがないのだ。
こうして、総数六十四体のオークの群れはわずか十数分で一体残らずその命を刈り取られたのだった。
「分かっていたことだけれど、こうして改めて見るとまさしく圧巻だったわね……」
戦場となった街道脇の草原を見渡しながらアプリコットさんが言う。騎士二人に付き添われているとはいえ、危険が全くない訳ではない。更に言えば倒した魔物処理も終わっていないのでお世辞にも綺麗とは言えない状態だ。
それにもかかわらず現場にまでやって来る彼女の行動には好感が持てる。
いくら知識があり戦術戦略の両方に精通していたとしても、街から出たことのない頭でっかちの采配や指示では不安が残るからね。
「……ところで、オークのほとんどを一人で倒しきったエルネさんは何をしているのかしら?」
「ひーん!」
戸惑った様子の彼女の眼差しの先には、半泣きで蹲って後始末をしているボクの姿があった。
オークの死体処理?ノーです。そちらは冒険者の皆が手分けしてやってくれている。ボクが行っていたのはフライパンの洗浄作業だった。
戦いが終わって簡易竈を作った場所へと戻って来てみれば、そこには暗鬱とした情景が待っていたのだ。文字通り真っ黒に炭化してしまった元お肉。それがフライパンにこびりついてしまっていたのだった。
「ひーん……!」
薄々分かっていたこととはいえこれは辛い。フライパンを破壊してしまわないよう慎重に力を加減しながら、焦げ付きこびり付きを剥がしていくボクなのでした。




