73 キング討伐
戻ってきた探索役冒険者の青白くなった顔色を見れば答えは一目瞭然だった。
「オークの群れです……。数は三十から四十、もしかするともっと多いかもしれません」
「ほ、本当にいたのか……」
報告に呆然と呟くリーダー騎士さん。ボクのことが気に食わないのは仕方がないとはいえ、頭ごなしに否定したのは失敗だったかな。
まあ、その気持ちも分からないではないし、冒険者の言葉を受け入れる度量も持っている。何よりライジャンとは違って怒りの理由が主人に対する無礼な態度だからね。ボク的には嫌いじゃないです。
これを糧に今後も精進を続けてくださいな。
「それで、やはりこちらを?」
「はい、間違いなく狙われています。様子を伺っているようだったので襲撃のタイミングを見計らっているのだと思います」
ほうほう。それなら釣り出すのは難しくなさそうだね。
「アプリコットさん、あの手順で進めて構わないかな?」
「ええ。あちらもやる気になっているようだし、どう転んだとしても森から飛び出してくるでしょう」
むむっ?やっぱり彼女はボクの完璧な作戦を信じていないようだね?よろしい、ならば肉焼きだ。食欲を刺激する匂いの強烈さを存分に味わってもらうとしましょうか。
「オークの釣り出しと殲滅の基本はエルネさんが行うから、あなたたちは散開して森に居残ったり逃げ出したりする個体を討伐していってちょうだい。騎士団には私たちと馬車の護衛を命じます」
全体への指示はアプリコットさんに出してもらう。この方が色々と角が立たずにすむからね。戦闘前に余計な諍いなんてごめんです。
森側へと街道を外れて、適当場所で草を切り払う。基礎魔法の【アース】で簡易の竈――ただのコの字型の囲いとも言う――を作り、刈り取った草を放り込み【ファイア】で燃やす。
水気を含んだ草は当然のように白い煙を上げるばかりで火種としては役に立たないのだが、オークたちに注目させるためなのでこれでヨシ。その隙に冒険者たちに周囲に散開してもらう手筈となっているのだ。
煙が薄くなってきたところで再度【ファイア】を放り込み完全に燃やし尽くす。
さて、ここからが本番ですよ。アイテムボックスから束にしておいた薪を一つ取り出して竈に設置して三度【ファイア】で着火。更にフライパンにボアローボアのお肉の内脂身の多い部位をのせて竈にかける。
手順に作法?細かいことを気にしちゃダメよ。
「うーん。食べてる暇がないのが残念だよねえ」
徐々に焼けていくお肉を見ていると急速にお腹が空いてくるから不思議だ。ついでに言えば、戦闘ちゅう放置していることになるだろうから、肉は焦げ焦げになりフライパンにこびりついてしまうことになるだろう。
後のお掃除のことを考えると、ちょっぴりげんなりしてくるね。肉焼き釣り出し作戦は失敗だったかしらん?
その間にもお肉は順調に焼けていく。
「そろそろいいかな?【ウィンド】」
フライパンの上部に風を起こして匂いを森へと送り込む。
その効果はてきめんだった。十を数える頃にはオークたちはざわつき始め、およそ三十を数え終わる頃にはいつ飛び出してきてもおかしくない雰囲気となっていた。
「ほーれ、おかわりだよー」
止めとばかりにもう一度【ウィンド】を使用すれば、ついに我慢できなくなった一体が転ぶようにして木々の間から姿を現したのだった。そこからはもうドミノ倒し状態で、我先にと次々に豚面の魔物が日の下にその姿を晒していく。
「うわー、これ確実に五十は超えてるよね?我慢強く森の中に残っているやつがいたなら、七十にまで届いてしまうんじゃないかな?」
ドドドドドド!と地響きすら立ちそうな勢いで走り寄って来るオークたち。空きっ腹を刺激されたのか目が血走っていて怖いわ。まあ、魔物としての迫力で言えばソードテイルレオ一体にも及ばないのだけれど。
それでもアプリコットさんが言っていたように数は力だ。取り囲まれて四方八方から攻撃を受ければ、ソードテイルレオを倒せる実力を持つランクの高い冒険者でもやられてしまう可能性はある。
「それなら囲まれないようにすればいい、ってね!」
取り出した煌龍爪牙を片手で掴み、一番近くにまで接近してきた集団に向かっていく。
まさか逆に突撃されるとは考えてもいなかったのか、オークたちは浮足立っていた。そこが生死の分かれ目となる。
「ふっ!はっ!ていっ、やっ!」
足を止めることなくハルバードを縦横無尽に振るえば、斧刃に槍穂、そして鉤が触れたそばから斬り裂いていく。着込んだ粗末な毛皮も自前の分厚い面の皮も何の障害にもならなかった。
少しばかり腕が立つ者が慌てて手にした武器で打ち合おうとしてくるが、大仰に振りかぶっていては間に合うはずもない。高々と掲げたところを走り抜ければ、はみ出す臓物と一緒に地面へと崩れ落ちていくだけだった。
「ブギャギャー!?」
「フゴゴゴゴゴ!!」
断末魔の悲鳴に怒声が重なる。切られた首筋から血がしぶき、一時的に戦場を血煙が漂う。
ただでさえ狂乱状態に陥っていたというのに視界まで悪くなったのだ。オークたちの同士討ちは起こるべくして起きたものだった。
ボク一人に対してあちらは最低でも五十、おっと、この時点ですでに四十にまでは減っていたかな。それでも圧倒的にオークの方が数が多いのだ。まともに見えもしない中で武器を振るえば、仲間に当たる可能性が高いのは自明の理というやつなのです。
そもそも既にボクはその場から離れて、別の集団を相手にしていた。
「フンブボオオオオオオ!!」
その内の一体が叫んで走るのを止めれば、後から追いついてきた連中がその個体を守るように周りに布陣していく。
「あいつがキングかジェネラル、群れの上位の特殊な個体ってことね」
ここまでの大暴走ともなれば頭を潰したところで動きが止まるものではない。が、こいつを取り逃がせばいつか再び統率の取れた群れができてしまう。絶対の確実に息の根を止めなくてはいけない。
「お前たち、邪魔!」
あえて柄の石突の方で横なぎにして、数体をまとめて吹っ飛ばす。
まさか一瞬で目の前の護衛がいなくなるとは思っていなかったのだろう。オークキング――他のやつらに比べて着ているものが派手だったので――は目を見開きながらもどこか呆けた顔をしていた。
「さよなら」
「ブ、フ……」
ズバン!と縦に振り下ろせば、斧刃によって頭頂から股下までを真っ二つに断たれて、オークキングは死亡したのだった。
〇オークの群れに狙われていた理由
直前の休憩時に雉を撃ちにいった冒険者たちが運悪く発見され、山のようになっている荷馬車を見て「ナンカイイモノガアリソウ!」と目を付けられてしまった。
更にエルネと女性冒険者たち――三人組パーティーの二人――がいるのを見て「メスウウウ!」とスイッチが入ってしまい襲撃の機会を伺いながら並走することになったのだった。




