72 こちらを狙うのは?
先頭の馬車の御者席に飛び乗り、執事のトニアさんに魔物が並走していることを伝える。
「騎士たちや他の冒険者たちも気が付いているとは思うんだけど、とりあえずは報告をと思って」
「お気遣いいただきありがとうございます。さっそくお嬢様にもお伝えしましょう」
そう言うとコンコンコンと後ろ手に馬車の壁を叩く。するとすぐに小窓が開いた。
「どうしたの?」
「おくつろぎのところを失礼いたします。ただ今エルネ様から魔物が森の中を並走しているとの報告を頂きました」
「森の中を並走?……狙われている、ということかしら?」
「多分そう。でも、ボクを入れて冒険者だけでも八人だしその上騎士の六人までいる。これだけ戦える人間が多くいるのに本当に襲おうとするかな?」
もしかすると様子をうかがっているだけかもしれない。だからこそ騎士たちも何も言わずに放置しているのかも。
「ゴブリンやオークなどの群れをつくる魔物で、『ジェネラル』とか『キング』などの特殊な上位個体が生まれているならあり得なくはないわね」
残念、ボクの予想は外れ。群れている上にリーダーによって統率されることで気が大きくなっているのかな。
しかし、上位と言えどもしょせんはゴブリンにオークだ。お頭の方の出来はよろしくないので対象の数は分かっても自分より強いかどうかといった判断はできない、ということらしい。
「群れを従わせて統率する能力を持ちえただけだから、例えキングでも個々の強さは一般のゴブリンやオークとほとんど変わらない。だから一人前の兵士や騎士、冒険者ならミドルランク程度の実力があれば苦戦するような相手ではないわ。ただし、数にものをいわせて損耗を気にしない戦い方をするから、群れの規模が大きくなると危険度が加速度的に増していくことになるわ」
さすがは領主の娘。害獣である魔物についてもよくご存じで。
「エルネ様、ここだけの話ですがお嬢様が魔物に詳しいのは一時冒険者に憧れたことがあるためです」
感心していたらトニアさんからこっそり裏話を暴露されてしまったよ。
ま、まあ、理由はどうあれ知識があるのに越したことはないよね。
「要は囲まれてすり潰されないよう、上手く立ち回ることが肝要なんだね」
「その認識で構わないわ」
なるほどなるほど。そういう性質だとすれば最低でもこちらの倍、いやもっと多くいると思っておくべきか。
「それで、どうしようか?潰しておけというならサクッとやっつけちゃうけど?」
「……ああ、エルネさんならゴブリンやオークがどれだけいようが物の数ではないかあ」
統率されているとしても、戦術や戦略がある訳ではなさそうだからね。搦め手がないならドラゴンのぱわーで押し勝てるでしょう。
「お嬢様、お話に割り入ることをお許しください。戦う力がある者にとってはただの雑魚でも、民にとっては危険な魔物であることに変わりはありません。数を減らせるのであれば減らしておくべきかと存じます」
「……そう、ね。オークやゴブリンは『胎借り』の種族特性があるから他種族の女性や雌でも子孫を増やすことができる。被害が出ないうちに潰してしまっておくべきか」
なんですと?そんな乙女の敵な連中だったとは!
これは確実に滅殺しなくてはいけないよ!!
「森の外におびき寄せたところにボクが突っ込んで一網打尽にする流れでいいかな?」
騎士たちは用心のために馬車の近くで防御に徹してもらって、冒険者たちには逃げ出したゴブリンを掃討してもらえばいい。幸いにも森と街道までの間は数十メートル離れているから馬の機動力を十全に活かすことができるだろう。
「エルネさん、作戦の流れはそれで構わないわ。だけどどうやっておびき出すつもりなの?」
「それはね、ボクが一人でお肉を焼きます!」
美少女が一人で美味しい匂いを発生させるのだ。話の通りのやつらならおびき出せないはずがない。
「あ、そ、そう。上手くいくといいわね」
おや、その様子は信じていないね?にょわっ!トニアさんも疑わしそうな顔をしているではないですか!?
これは匂いの暴力の恐ろしさをとくと見せつけてあげなければ!
こうして肉焼き……、もとい魔物釣り出し作戦が始まった。
ところがその前に一悶着起きてしまう。
「森の中を魔物が並走して我らを追ってきている、ですか?」
停止を命じられて何事かと近付いてきた騎士にアプリコットさんが説明したところ、頭上にハテナマークを浮かべたのだ。
「ええ。エルネさんからそう報告があったのよ。ゴブリンやオークの可能性が高いから少しでも減らしておこうと思うの」
「お、お待ちください!そのようなこと、後方の冒険者たちを含めて誰からも聞いてはおりません!」
「え?」
あれ?
「申し上げ難いのですが、そちらの方の勘違いか何かではありませんか?」
一応疑問形ではあるものの、その言葉の調子は間違いないと決めてかかっている風だった。
「えっと、今もめっちゃ見られてるんだけど?何も感じないの?」
「ふざけたことを言うな!仮に見られていたとして、視線を感じるようなことがあるはずがない!ここから森までどれだけ離れていると思っている!」
つまりは感知できていないのね。合流した六人の中では彼がリーダー格のようだし、残る面々も同じだと思っていいだろう。これではお話にならないや。
「アプリコットさん、冒険者の中に探索役の人がいたよね?ちょっとその人に森の方を調べるように言ってくれないかな」
「貴様!アプリコット様になにを――」
「止めなさい。トニアお願いね」
「かしこまりました。すぐに伝えてまいります」
「あ、居ることが確認出来たらすぐに戻ってきてもらって」
近寄り過ぎて襲われたら洒落にならないからね。こちらに向いて頷くと、トニアさんはきびきびとした動きで車列の後方へと向かっていった。
「ふう。良い機会だから話しておくわ。先だっての砦への魔物の襲撃だけど、公には五十体を砦に集った兵士と冒険者の総力でもって撃滅させたことになっているわよね。だけど本当は違うの。総数は三百以上、それをたった一人の冒険者が倒しきった」
「さ、三百!?一人で!?」
「それをやってのけたのがこのエルネさんよ。彼女は我が領、いえこの国の救世主と言っても過言ではないわ。以後失礼な真似は慎みなさい」
信じられない、しかし敬愛する主の言葉を疑う訳にもいかない。そんな心境だろうか。
アプリコットさんから厳しい口調でぴしゃりと言われ、騎士は目を白黒させていた。
なんというか、タイミングが悪かったね。
〇エルネの察知能力
ドラゴンの身体性能と前世の経験が相まって、実はかなりの高感度になっている。具体的にはウナたちハイランク相当冒険者と同等、六等級でならば専門の探索役から見ても遜色のないレベル。
本人が無自覚なのは、前世のゲーム世界での技能が飛んでも性能だったため。通常でも半径にして百メートル程度、指向性を持たせれば数百メートル先の魔物でも発見できちゃうとかレーダーかよ……。




