68 さらば砦
突如降ってわいた――ボク的にはね――アプリコットさんの護衛依頼。等級が低いので無理なのでは思っていたら、なんといつの間にか二等級も上がっていたことが判明しました。
まあ、単にボクが見落としていただけだったという話だったり。
「六等級であれば護衛の依頼を出されてもなんら不思議ではない。もっとも、アプリコット様のような立場のある貴人の護衛ともなると珍しいのだけれどね」
「ウナ先輩、やはり怪しいでしょうか?」
「状況が状況だからそこまで疑ってくる者はいないと思うけれど、できればもう一つか二つ手を打っておきたいわね」
用心しておくのに越したことはないとはいえ、気楽に出歩くこともできないとはお貴族様は大変だね。
「既に魔物の襲撃は終わっていることを大々的に宣伝するため、として一緒に魔物素材の一部を運んでしまうのはいかがですか?そちらの護衛としてエルネ嬢とそれ以外にもう一組か二組、六等級もしくは七等級の冒険者パーティーを雇えば、上手く欺くことができるのではないでしょうか」
と、カロさんが案を出す。中途半端に話が伝わっているペカトもだけど、それ以外の街や村にも砦への魔物襲撃の噂が尾びれ背びれ付きで広まっている可能性がある。人々の不安を解消するという意味でも悪くない手だと思えるよ。
「問題は二つ。少人数で動くのに比べて移動に余分な時間がかかることと、事情を知らない部外者を一緒に雇うことになることね。まあ、エルネちゃんが一緒にいるなら、万が一誰かの息がかかっている人物が紛れ込んだとしても難なく切り抜けられるでしょうね」
ウナ姐さんも大概ボクの評価が高いよね。正面からの力押しなら負ける気はしないけれど、暗殺に特化した相手から護衛対象を守り切るのはまた違った難しさがあると思う。
というか、既にボクが依頼を受けることが確定で話が進んでいないですかねえ?
……まあ、ここまできて見捨てることができるのか?と問われれば答えはノーになるのだろうけれどさ。
「往路でかなりの無理をしましたから、移動時間が増えたとしても十分に許容範囲に収まるでしょう」
「それなら民たちの不安も取り除けるし、やらない手はないわね。魔物素材の運び出しについては兵士長とも相談しないと」
今は男性陣のほとんどが野外で天幕を張って寝ている状態だから、部屋が空くなら喜んで賛成してくれると思うよ。
この予想は的中し、トントン拍子で話がまとまったそうだ。そしてアプリコットさんの帰路に合わせて運ばれていくことになった魔物素材は荷馬車で二台、おおよそ十体分となった。
そして翌日、アプリコットさんは慌ただしく砦から去っていくこととなった。と他人事のように言っているけれど、ボクもその一人なのよね。他にもペカトの街の兵士たちと冒険者の約半数が去ることになっている。
もっとも、人員の拡充や新制度の運用が軌道に乗るまでは街と砦間の行き来を密にして、異常が発生してもすぐに協力できるような体制を維持していくことになるみたいだけれど。
ちなみに、昨晩は解散前夜ということで無礼講の宴会が開催されたのだけれど、アプリコットさんがいる状況ではっちゃけられる猛者がいるはずもなく、模擬戦後の反省会――反省会?――に比べれば随分と行儀よく大人しいものとなったのだった。
「くうう……。大手を振ってガトーとイチャイチャできると思ってたのにい……」
「アプリコット様、欲望がダダ洩れになっておられます」
まさかトップが一番はっちゃけようとしていたとか、見抜ける人はいなかったのですよ。
なお、エルガートさんの部隊は夜間監視役を買って出ていて、宴会に参加すらしていなかったりする。本人曰く「嫌な予感がした」らしい。
そんな一幕を挟みながら最後の夜はふけていき、あちこちで別れの挨拶や再会の約束が交わされていたのだった。
だからなのか出発はお決まりの手順に沿って単調に行われ、ボクは約一カ月に渡ってお世話になった砦を去ることになったのだった。
「エルネちゃん、どうかした?」
そばを歩いていたウナ姐さんが顔を覗き込むようにして声をかけてくる。カウティオスも帰還組に入っていたため、彼女は相変わらずボクの担当係を任されていた。アプリコットさんとも旧知の間柄だから、色々と便利に使われているみたいね。
「砦での生活も長かったようで意外と短かったかな、と思って」
「あら、もしかして感傷的になってる?」
「……んー、そうなのかも。あっちでは毎日のようにお風呂に入れていたけど、これからはそうもいかななくなるから」
「そこか!残念ポイントはそこなのか!というかむしろエルネちゃんが残念だわよ!」
残念街道のトップを絶賛爆走中のウナ姐さんには言われたくないんですけど。まあ、そんな軽口を言い合える関係になったと思えば悪くはない、のかな?
彼女が気楽に接してくれていたからこそ、孤立もせずに浮くこともなく過ごせていた部分は間違いなくあるのだよね。
「そういえば、ペカトの街に帰ってからウナ姐さんたちはどうするの?」
「とりあえずは二日ほどの休養日を挟んで、その後しばらくは六等級のパーティーに砦の南側の監視と警戒のやり方をレクチャーすることになるでしょうね。それから先はあれだけの肉食魔物がいなくなったことで草原地帯の勢力図がどう塗り替わるのか、それ次第かしら」
「ああ、そっちの心配もあるのかあ」
空白状態になった縄張りを巡って、魔物たちの争いが起きるかもしれないのだ。更に負けた側が運悪く北へ、ドコープ連合国の方へと逃げてくることも十分に考えられる。
「これからはキャスライノスやフォートライノスのような巨大魔物以外の魔物との戦いも頻発するようになるのかもしれないわ」
ソードテイルレオとかでも十分にでっかいのだけど、あちらは体高が十数メートル、体長に至っては数十メートルにもなるからねえ。一口に戦うとは言ってもまるで勝手が違ってくるのだ。
「もしかして、ベヒーモスまで出てきちゃうかな?」
「ちょっと、物騒なことを言わないで。まあでも、噂ばかりでまともな目撃証言もないし、本当にいるなら見てみたい気もするけれど……」
異常に巨大化したキャスライノスという説が一番有力らしいが、真実のほどは不明だ。
さて、この会話が本当に呼び水となってしまったのか?それを知るのは未来のエルネただ一人……。




