66 疑われる理由
あれよあれよと話し合いが進んでいく。
最初にエルガートさんにタックル、もとい熱い抱擁をしていたから色ボケしたお嬢様なのかと思ったら、アプリコットさんは普通に実務者としても優秀でした。しかも魔法使いとしての能力も高いらしい。なんという万能選手!
「さて……。トニア、牢にいるライジャンの様子はどうだったかしら?」
休憩を挟んでの開始早々、アプリコットさんが執事さんに尋ねる。
「うなされ続けていますが未だに目覚める気配はございません。重犯罪者用の拘束衣を着せ猿轡を噛ませておりますので、自殺される心配はありません。……叩き起こしますか?」
「いいえ。気絶する前の様子がおかしいのは歴然だった。どんな反応をするのか分かったものじゃないから刺激するのは危険だわ。だけど、監視だけは続けさせておいてちょうだい」
「承知いたしました」
そこまでするかと思える内容だったが、護衛対象の方に剣を向けたのだから当然の対応なのかしらね。あとはまあ、日頃の行いというやつでしょう。あの男やたらと横柄な態度だったし、騎士のくせにアプリコットさんを敬おうともしていなかったからなあ。
「彼への尋問は意識が戻ってから行うとして……。ペカトの冒険者ギルドでは不正を行っていた職員がいたという報告もあったばかりよ。彼の異常行動と合わせてどちらも魔物に砦が襲撃された前後のタイミングで起きている。だとすればどこかの誰かの手によるものだと考えるべきかしら?」
「逃げたギルド職員は本部から監査だかに派遣されていた人物だったらしいわよ。ローズ宗主国が一歩リードね」
愚痴気味なアプリコットさんの言葉を、ウナ姐さんが軽口じみた調子で補足する。さすがは元師弟だけあって息の合ったやり取りだわ。
ちなみに、そう思わせる他国の策かもしれないことは頭に置いておく必要があるのだけれど、まあ、十中八九はローズ宗主国による謀略に間違いはないだろう、と皆思っていたりします。
というのも残る二つの西方諸国の内、チェスター武王国は良くも悪くも戦闘で物事を決しようとする傾向にあり、戦場での軍の運用を除き搦め手を使うことを極端に嫌っている。そしてもう一つのディナル農耕国は、他国に手を伸ばす必要がないほどに富んでいる。
対して、ローズ宗主国はわずかばかりの土地しか持ち合わせておらず国力も低い。これまでは文化流行の発信地としてだったり、三国の間に立って調停役となったりすることで存在感を発揮していたのだが、他国が力を付けていくにつれてその影響力は弱まっていく。
更に、北の帝国コルキウトスとの間に聖神教の支配地域であるホーリーベルトが生まれたことで衰退に拍車がかかってしまう。
現在では各国の次世代を担う俊英が集う『ローズ国立学園』にがあることで、ギリギリ命脈を保っていると言われてしまう始末だ。
うん。悪いけれど疑われるだけの条件が揃ってしまっているわ。
これでシロなら逆にビックリだよ。
「調査と並行して他領には注意喚起をする必要がありそうね。これだけ多方面から手を出してきている相手がうちだけを狙っていたとは考えられないもの」
参加者全員が頷き追従する。例えば今回の一連の出来事みたいに、どこからでも騒ぎが起こせてなおかつ連鎖していくよう仕込みだけはあちこちにしていると怪しんでおいた方がいいのかもしれない。
「あとはどれくらい情報を公にするのかだけれど……。そういえばエルネさん、だったわよね?魔物撃滅の件は本当に公表しなくてもいいのかしら?」
「うん。悪目立ちしたくないしね。上手い具合に信じてもらえていないようだし、そのまま適当に誤魔化してもらえればありがたいかな」
ボクの意見は変わりません。ハイランク冒険者でも苦労する凶悪な魔物を八等級のボクがたった一人で数百も倒しただなんて、大法螺だと断定されるのがいいところでしょう。仮に認められてもギルド総本部からの調査が行われるといった大事に発展しそうだもの。
名声だろうが悪名だろうが、旅の足枷になりそうなものは必要ないのだ。
「適当にって……。まあ、そうするしかないのでしょうけど。皆さん、申し訳ないけれど今からのことはこの部屋だけのこととしてすぐに忘れてください。エルネさん、ウデイアの当主に連なる者として、そしてこの地に住まう一人として未曽有の危機を退けてくれたことを感謝します。本当にありがとう」
「その言葉を嬉しく思うよ。……はい、もう忘れました!」
おどけて言うボクに釣られるようにあちこちから笑い声が上がる。いや、変な噂が立っても困るから皆しっかりと忘れてちょうだいよ?
「ふふふ。……さて、取り急ぎ話し合っておかなくてはいけないことは以上かしら。冒険者の皆さんにも依頼という形でこれからもお世話になるのでよろしくお願いするわ」
議題の一つにもなっていた南方の調査と見回りの拡充に、魔物素材の運搬などもある。しばらくは依頼が途切れることはないだろうね。
そして兵士長の締めの一言を最後に会議は終わりとなったのでした。
……なのに、なぜかボクはその場に居残りさせられていた。目の前にはアプリコットさんとエルガートさん、それに執事のトニアさんのお三方が座っていて、カウティオスのリーダーのカロさんとウナ姐さんが少し離れた位置に立っていた。
「残ってもらってごめんなさいね。あなたは他の冒険者と違って旅の途中に立ち寄っただけだと聞いているわ。それで、これからどちらへ向かうのかを確認しておきたかったの」
「んー……、当面はざっくり西方諸国を回るとしか考えていなかったんだよね。ドコープ連合国の他の領をウロウロしながら西のディナル農耕国に抜ける、かなあ」
ローズ宗主国もチェスター武王国も今はきな臭いからね。もっとも『野薔薇姫物語』の舞台である以上、その二つにも行かないという選択肢はないのだけれど。
「その予定は絶対ではないのか?」
ウデイア領のことだったからなのか、会議中は発言を遠慮していたエルガートさんがしばらくぶりに口を開く。
「うん。見たいものや行きたい場所ができれば、その都度寄り道したりルート変更したりすると思うよ」
風の向くまま足の向くままの気楽な一人旅なので。たまには羽の向くままになるかもしれないけれど。予定や行き先といった動向を知りたいアプリコットさんたちにとっては厄介だろうが、そこは譲れないところなので諦めてもらうしかない。
とか考えていたら、エルガートさんと二人顔を見合わせては深々と頷き合っている?
「もしも都合が合うなら、私たちからの依頼を受けてもらえないかしら」
〇ローズ国立学園
大王国時代の貴族学園にまでさかのぼることができる由緒ある学園。
元々は貴族の子どもたちの出会いの場として設置されたのだが、国が大きくなり貴族が増えていく中で支配者層として最低限の知識を得ることができるように整備され、更にはより高度な学術を研究するようになっていった。
大王国末期では各地の貴族たちの反逆を抑えるための人質という側面もあった。
分裂して以降は箔付けとしての意味合いも加わり、西方諸国だけでなく聖神教の幹部候補やコルキウトスの王族が学生として所属したこともある。




