63 逃げるが勝ち
どうも、ただ今絶賛オニゴッコ中のエルネです。
とはいっても、「まてまてー、つかまえちゃうぞー!」「きゃー、にげろー!」と街中ではしゃぐ子どもたちだったり、「うわっぷ。やったなー」「あはは。つかまえてごらんなさーい!」と夏の浜辺で戯れる男女のような可愛らしいものではなかったのだけれど。
なにせオニ役が鎧兜を着込んで腰には剣を佩いている騎士様だ。そんなごつい相手が真っ赤な顔でゼエハアと息を切らしながら追いかけてくるのだから、トラウマものの光景だと言っても過言ではないと思う。小さい子どもなら泣くんじゃない?
まあ、息切れしているのはボクが捕まってあげないせいなのですが。
最初は冒険者を中心に面白がっている雰囲気だったが、開始からかれこれ五分以上経っている今では完全にドン引きしている。
どうしてなのか?それはボクが姿勢を変えずに背後も確認することなくスススッと後ろ歩きのまま逃げ続けているからだね。ちなみに、追いかける側の騎士はほぼ全力で走っている。
そして更に数分後、ついにスタミナが尽きたのか膝に手をつき立ち止まってしまう。まあ、重い鎧を着込んだままにしては頑張った方かしらね。もtっとも、ここに居る誰もがその倍は動き回ることができるだろうけれど。
「ゼエ、ゼエ……。お、おのれ!冒険者、風情の、ハアハア。分際で、カヒッ……。臆病者がちょこまかと逃げ回りやがってえ!」
その冒険者を優遇している国の騎士とは思えない暴言だ。
顔をしかめたアプリコット姫様が叱責しようとしたのか、前に出ようとしたところをエルガートさんや執事服の男性に止められている。騎士の男の様子が尋常ではないので、その判断は最適だったと思うよ。
ちなみに、意外に思われるかもしれないがこの手の暴言に拒否反応を示すのは兵士たちの方だったりする。当の冒険者たちはというと血の気の多いチンピラ上がりでもなければ「はいはい」と適当に聞き流すのが定番となっているね。
それというのも軍部文門を問わず、どこのお国でもエリート層の中には冒険者を毛嫌いする連中が一定数いるからだ。その理由については政治的なものだったり、メンツや立場的なものだったり、はたまた単純に迷惑をこうむった経験があったりと様々なのでここでは触れないのであしからず。
とにもかくにもそうした事情もあって、ある意味言われ慣れているという訳。
当然、前世を含めると冒険者経験の長いボクからすれば悪口にすらなっていない。どちらかというと、逃げられているという認識があったことにちょっと驚いていたり。いやあ、掴みかかろうとした最初の数回なんて、ボクが密かに後退したことにすら気が付いていないようだったので。
「よくもこの俺をコケにしてくれたなあ!俺は、ウデイアの次期当主いや!この国を一つにまとめ上げて王になる男だぞおおおオオオオオオ!!」
突然、男は狂ったようにその野望を叫び始める。不敬で大それたものなのはいったん横に置いておくとして、その脈絡のなさが不気味極まりない。最初のキレ始めた時といい、まるで誰かに仕組まれていたかのようだ。
「……ああ、実際その通りなのかも」
断片的な情報を繋ぎ合わせると、エルガートさんに一撃を入れた、もとい抱き着いたアプリコットなる女性はウデイア家直系の人物なのだろう。そんな人の護衛として一緒に訪れた騎士が騒ぎを起こせば、大きな問題になりかねない。むしろ大きな問題にしようと待ち構えている者がどこかに潜んでいそうだわ。
「冒険者が相手なら冒険者ギルドとの不仲に、兵士相手なら前線と中央の分断に、アプリコットさんを害していたならそのままウデイア家に手を伸ばすつもりだったのかな」
つらつらと予想を並べ立てると、集まっていた全員がギョッとした顔で目を見張っていた。
あ、騎士の男は除く。叫んで以降は俯いたままフシュルフシュルと怪しげな呼吸音を響かせているだけだった。
「ねえ、多分精神攻撃的なものを受けておかしくなっているんだと思うんだけど、誰かそっち方面に詳しい人はいる?」
男に目立った動きがないのをいいことに、周囲の人たちに尋ねてみる。あのいきなりな豹変具合からすると、おかしくなるための何らかの鍵が仕込まれていたように思う。
だとすればやはり薬や魔法によって操られて……、ってあれ?偶然と呼ぶには魔物の襲撃の時と似すぎてないかな?一度国内に怪しげな薬が出回っていないか調査した方が良いのでは?
まあ、そちらの対策は上の人たちに考えてもらうとして。今は騎士の彼をどうするかだわね。できることなら情報を吐かせるためにも、殺すことなく捕らえておきたいところだ。正気に戻す手段があるなら最良なのだが、さっきの問いかけに対して未だに返事がないところを見るにこちらは期待薄そう。
「威圧して負荷をかけることで消し飛ばせれば楽なんだけどなあ……」
ただし、こういった強引で強烈なやり方だと後遺症が残り易かったりするのだよねえ……。
とか迷っている間に、ついにあちらは一線を越えてしまう。剣を抜き放ってしまったのだ。主君筋であるアプリコットさんの意にそぐわないどころか彼女の身を危険に晒す行為に、兵士たちを中心に騒然となる。
こうなるとボクはともかく他の人たちの安全のためにも対処せざるを得なくなる。
あらかじめターゲットとして認識されていたのは、良かったのやら悪かったのやら。
兵士長を見れば即座に首を縦に振ってくれる。異常事態の連続で鍛えられたのか、決断が早くて助かります。まあ、経験しないですむならそちらの方が良かった、というのも本音だろうけれど。
ともかく、これで現場の責任者の許可はもらえた。残るは彼の上役である彼女たちがどいう判断するのかだけれど……。
「エルネ君、やってくれ!責任は俺が、エルガート・ルドマーが取る!」
真っ先に声を上げたのはなんとエルガートさんだった。というかルドマーってお隣の領地の貴族じゃないですか!?北にある西方諸国の一つ、脳筋国家のチェスター武王国との外交担当でもあったはずだ。
ちなみに、ウデイア家は国境を接している東の遊牧民たちとの外交担当です。
「だが、可能であるなら殺さずに何とかしてもらえるとありがたい」
「なかなか難しいことを言ってくれるなあ……。まあ、できるだけ努力はしてみるよ」
〇ドコープ連合国四家の外交担当
ウデイア …… 東方の遊牧民族
ルドマー …… チェスター武王国
レドス …… ローズ宗主国
ガルデン …… ディナル農耕国
この分担は単なる領地の位置関係によるもので、特別相手国と懇意だったりする訳ではない。むしろ国境を挟んでの小競り合いが起きているので仲が悪いすらある。




