62 帰ってみれば
調査から戻ったボクたちを出迎えたのは、なんとも居心地の悪い空気だった。
一言でいえば騒然としているといった風なのだけれど、ただざわついているだけではなく嫉妬や羨望に憐憫といったあまり良いとは言えない類の感情が渦巻いているといった雰囲気だった。
「んー……。でもこれ、ボクたちというよりは……」
それが向けられているらしいとある人物へと自然と視線が集まっていく。
ボクには分からない何かを見つけたのか、砦に戻るや否や挙動が怪しくなったエルガートさん、あなたですよ。
「ちなみに皆、理由が分かってるっぽい?」
「あ、ああ。この様子なら多分、俺たちが思っている通りだろうと思うぞ」
近くの人にっこそりと尋ねてみれば、原因は割と知られていること、少なくともウデイア領の兵士たちであれば周知の事実というやつみたいだ。そしてそこにはエルガートさんが密接に関わっている、と。
確か彼は貴族家の出身なのだよね。しかも勘当されているような状態だとか。ふうむ……。手持ちの情報からだとその実家絡みくらいしか予想がつかないや。
下手な先入観から的外れな言動をしてしまってもいけないし、ここは素直に何も知らない体でいた方が良いのかもしれない。
余談ですが、現在のドコープ連合国において貴族とは領地を持つガルデン、レドス、ウデイア、ルドマーの四家のみとなっている。つまりは支配者であり統治者の血統ということだ。
どうしてそんな人が辺境に近い街で兵士の部隊長などをしているのやら。その辺りのことも追々明らかになってくるのかしらね?
などと悠長に構えていられるのもここまでだった。ドドドドっと足音がしたかと思えば、とある扉がバーン!と豪快な音を立てて開かれたのだ。魔物と戦う最前線基地であり、動きが荒くなりがちな兵士向けに作られているものだから平気だったけれど、街中の普通の店舗や民家であれば建付けごと扉が壊れていたかもしれないよ。
そんなことを一向に気にすることもなく、現れた人物は一直線にエルガートさんへと向かって来る。
「ガトー!」
「ごふっ!?」
あ、いいとこ入った。
抱き着くような勢いで激突、あ、いや、逆だった。激突する勢いでエルガートさんに抱き着いたのは華奢な見た目の綺麗な女性だった。ドレスっぽい衣装なこともあって、砦という武骨な世界で場違いにも咲いてしまった一輪の花といった風情だ。
「ああ、無事で良かった……。ペカトではあなたを見つけることができなくて目を疑ったわ。そうしたらあなたの部隊を含む大多数が増援として砦に向かったと聞いたの。もう、本当に不安で心臓が張り裂けそうだったのよ……」
ほうほう。どうやら二人は旧知でただならぬ間柄なご様子のようだ。女性の方も西方諸国における貴族の象徴である金髪碧眼だし、幼馴染にして婚約者とかだったりして!?
……まあ、抱き着かれたエルガートさんが苦悶の表情を浮かべていたことで全てが台無しになっていた訳ですが。
台詞だけなら「大切な人を追いかけて死地にも近い場所までやって来てしまった健気で無謀なお姫様」的な印象を受けるのだけれどねえ……。ボク以外の人たちもどのような反応をすればいいのか困っている感じだ。多少は事情を知っていたとしても、いきなりこんな衝撃展開を魅せられればそうもなるか。
ともかく、彼女がこの妙な空気の大元となっているのは間違いなさそうだ。
「げほっごほっ……。コットン、いやアプリコット様……。なぜあなたがこちらへ……?」
「なぜですって!?そんなのあなたが心配だったからに決まっているじゃない!……もう!相変わらずイケズで乙女心の分からない朴念仁なのだから!」
「かはっ!?」
入ってる入ってる、クリティカルヒットしてますがな。……ああ、ああ。再びエルガートさんが苦しそうな顔で悶絶しているよ。
しかし困ったね、この調子では話が進む前に彼の命が尽きてしまいそうだわ。
「アプリコット様、そろそろご自重くださいませ。このままでは話ができません」
おおう!?この状況に割って入れる勇者がいるだなんて!
一体どんなお人なのか?と見やれば、そこにいたのは執事服を着た初老の男性というまたもや場違い感のすごい人物だった。
「そうそう。トニア殿の言う通りですよ。ウデイアの姫らしくお淑やかに振舞っていただかないと」
更にその後ろから現れたのは……、なんだ、普通の騎士っぽい人だったよ。
あえて言うなら重厚な装備に反して軽薄で傲慢な雰囲気というのが場違いかしらね。慇懃な言葉使いのようで、その実敬意の欠片も持ち合わせていなさそうだ。砦などにも描かれているウデイアの紋章が鎧に入っていなければ、騎士だとすら気が付かなかったかもしれないです。
「さあ、こちらへ」
「触らないで。お前に馴れ馴れしくされるいわれはなくてよ」
ずかずかと歩み寄り、強引に掴もうとした手は当のアプリコット姫様?本人に払いのけられていた。しかし騎士らしき男はヘラヘラとした笑みを止めようとはしない。
「ライジャン、分をわきまえなさい。あなたは護衛でありそれ以上でもそれ以下でもありません」
「はいはい。失礼をいたしました」
執事な男性からの注意にもぞんざいに返すばかりで反省した様子はまるでない。手を払われた瞬間にはほんの一瞬だけだけれど苛立ちを垣間見せていたし、他人を下に見ているのかもしれない。
いずれにせよ、よくもまあこんな態度で貴人の護衛が務まるものだわ。
「んー……。それを許されるほど腕が立つようにも見えないんだけど……」
「なんだと!?」
あれ?なにやら騎士の男がいきなり怒りをあらわにして睨んできているのですが?
「いや、今君が挑発するようなことを言ったからなんだが……」
「……おおう!いつの間にか声に出しちゃってたのか!?」
隣にいた兵士さんに言われてようやく気が付いたよ。一人旅が長かったせいで、つい独り言を呟いてしまっていたらしい。いや、失敗しっぱい。
「そこの女!誰の腕が立たないだと!?」
大物ぶろうとしていたそれまでとは打って変わって、叫びながら近寄ってくるその顔は怒りのせいか真っ赤になっている。唾が飛んでいるので余り近付かないで欲しいかな。
思わずスススッと後退ってしまう。が、頭に血が上ってしまっているのか男は足を止めようとしない。というか距離が縮まっていないことに気が付いていない?
どうしてそうなのかは分からないけれど、なんか変だね。
ちょっと様子を見てみることにしようか。




