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竜姫の冒険 ~前世はVRゲームのテイムモンスター?~  作者: 京 高
第3章  西方諸国1 ドコープ連合国
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58 模擬戦 その二

第三者語りの防衛側視点です。

「うわっ、ちょっ、と、ほ、おおっ!?」


 矢狭間に塀の上と、さしものエルネも四方八方から迫りくる矢を避けることに集中せざるを得なくなる。

 この射方がまた巧妙で、ある者は動きを阻害するために狙いは甘くても手回しを早くしていたり、ある者は彼女が今いる場所へと的確に撃ち込んでいたり、またある者は先の行動を予測した偏差射撃を行っていたりと、数だけでなく個々人の技量まで利用した作戦となっていた。


 その間にゴンザレスのメンバーは傷を癒し体勢を立て直す。が、その顔に張り付いているのは追い詰められる側のものだった。

 それというのもこれだけの矢が立て続けに放たれているにもかかわらず、勝ちを得るために必要な致命傷レベルの当たりはもちろん、まともにエルネへと命中した矢が一本もなかったためだ。


「な、なんでこれだけ撃ってるのに当たらないんだよ……」


 誰かの呟きはエルネ以外のこの場にいる者たちにとって共通の思いだったことだろう。

 大型魔物のようないくらでも的がある相手ならばともかく、弓矢のような遠距離攻撃は同士討ちや誤射の危険があるので、接近戦が始まってしまえばどうしても出番は少なくなる。

 ゆえに最初の斉射と、この第一の間に集中的に配置することになったという経緯があったのだが、正直なところ多くの者が「ゴンザレスが止めることさえできれば、ここで決着がついてしまうのではないか?」と考えていた。


 しかし、実際のところはどうだ。矢の雨――しかも多方向からの横殴り――の中を飛び跳ねるように踊るようにエルネは避け続けていた。


「ゴンド、気付いてるかい?」


 背後に立つザリーンの声が震えている。サブリーダーとして長年パーティーを取りまとめている彼女が(おのの)くなど、初陣の時とキャスライノスを初めて遠目に見た時くらいしか記憶にない。そんなザリーンが明らかに気圧されていた。


「ああ。何を企んでるんだか知らねえが、あいつわざと避けてやがる」


 そう、どうにも動きようがない時にはハルバードで弾いていたのだが、それ以外はなぜか避けて回っていたのだ。


「最初の斉射も一振りで全ての矢を打ち落としたっていうし、あの子の腕ならハルバードを振り回していれば弾き落とせるはずだよ」

「だろうな。そうすれば圧倒的な力の差を見せつけられるだろうに……。まさか、それが狙いか?俺たちに優位だと勘違いさせるためなのか?」

「ちょ、ちょっと待っておくれよ!そんなことをしてあの子に何の得があるってんだい?」

「俺の予想通りだとしたら……、これ以上攻撃を複雑化させないためだ。あと少しで届く、そう思わせることでそれ以上の思考を放棄させて、今の行動を続けさせるつもりなんだろう」


 勝利は目前だと思える中で、わざわざ作戦を変更するような真似をする者はほとんどいないということだ。

 そして逆に言えば、今の状況でなら十分に対処可能だとエルネが判断しているということでもある。


「このハイペースさだ、矢が尽きるまで付き合ったとしてもそうは長くかからないと踏んだんだろう」

「なんてこと……。私ら以外に気付いている人間はいると思う?」

「本陣上の物御台から俯瞰して観察してる大将たちなら気付いたかもしれんが、この戦場にいる中では俺たちだけだな」


 基本方針に沿うだけで、後は部隊ごとの自由裁量が任されていることが裏目に出た形だ。恐らく弓を射ている者たちはそれぞれのリーダーを含めて全員が全員、視線だけでなく意識をも彼女に奪われてしまっていることだろう。


「……どうするの?」

「迷っている。矢が尽きた時点で俺たちの負けは決定だ。痛めた筋は薬で直ったが、痺れまでは取りきれていない。もう一度あの攻撃を受け止めることはできそうにないな。だが、上の連中は踊らされていることに気が付いていない。下手に割って入ったら敗北の責任を押し付けられるかもしれん」

「それは不味いわね……」


 巨大魔物との戦いは国を挙げての事業であり、冒険者は協力する立場だ。そのため良くも悪くも命令系統や上下関係が一元化しているため、これまでは勝敗の責任など気にしたことがなかったのである。


「リーダー、そうも言ってられなくなったようだぜ」

「残りの矢の数が少なくなってきたことに気付くやつが出てきたみたいだ」


 ゴンドたちの話を聞きながらも、じっくりとエルネの動きを監視し続けていたレッヅとスボウたちが声を上げる。見ると一時に比べて彼女に射かけられている矢の数が明らかに減っていた。


「これなら文句も言われないか。……よし、左右に分かれて挟撃するぞ。とにかくあちらの動きを止めないことにはどうにもならん!」

「おう!」


 チャンスは一度きり。二手に分かれるためにほんの少し立ち位置を変えて、接近するタイミングを見計らうために様子を伺う。

 すると目の付け所が変わったためなのか、エルネの異常さをまた一つ理解させられてしまうこととなった。


「こっちを見た!?不味いぞリーダー。俺たちが動き出すのはお見通しだったようだぜ」

「てっきり戦力外扱いされてると思ったのに、とんでもない用心深さだぜ……」


 正確にはレッヅたちの予想は誤りである。エルネは今の今までゴンザレスの介入はないものとして行動していた。それにもかかわらず四人の行動を察知することができた理由、それは彼らの立ち位置の変化にあった。


「くそっ!戦闘力は化け物のくせに警戒心は小動物並みとかあいつの頭の中はどうなっていやがる!?」


 エルネ本人が聞けば「割と当たってるけど失敬だね!?」と憤慨しそうなことを叫びつつ、ゴンドは思考を巡らせる。

 皆の盾になるという役割のためか脳筋に思われがちだが、ゴンドを始めゴンザレスのメンバーたちは全員が思慮深い性格であり、常に思考を続けているタイプである。自分たちが倒れれば即戦線が崩壊して敗北に繋がる可能性があるのだから当然と言えば当然の話だ。

 同時に最前線という立ち位置ゆえに勝負勘も研ぎ澄まされていた。その勘が「今を逃せばもう後がない」と囁いてくる。


「このまま撃ち込まれる矢が減る一方となれば、こちらに向ける意識も増えてくるはずだ。次で動くぞ」


 無理も危険も承知の上でゴンドは賭けにでることを決める。長年の付き合いもあってザリーンたちから異論が出ることはなかった。もっともそれは同時に、他の手立てが何一つ思い浮かばないという追い詰められた状態であることの表れでもあったのだが。


 そして、エルネが一際大きく飛び上がった瞬間、四人は重装備をものともせずに走り出す。

 第一の間での戦いはいよいよ佳境を迎える。


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