55 待ち時間は暇時間
悪い報告は重なるもので、周辺の調査と警戒に赴いていた部隊によれば、草原地帯から魔物を誘導するための薬品のようなものは見つからなかったらしい。ただし、念入りに土が掘り起こされていたり根こそぎ草が引き抜かれたりしていた場所が数カ所あったそうで、何らかの細工がされていた可能性も否定できないみたい。
それとあの膨大な魔物の群れに狩られたのか、砦周辺には小者の魔物一匹すら見当たらないとのことだった。
重苦しい雰囲気に集められた人たちも皆押し黙ってしまっている。結局、襲われた原因や理由が全く分かっていないため、終息したかどうかの判断が付けられないからだ。
他にも、周辺の村落への巡視のためにペカトの街の兵士が出払ったタイミングに重なったこと、冒険者ギルド職員による依頼書の改ざんの発覚と、偶然の一言で片づけるには時期が重なり過ぎている。
ボクがはっちゃけたことで人的被害が皆無だったことに加え、草原地帯に住むレアな魔物の素材が大量に入手できたことで収支的には大幅なプラスになることだけが救いだね。まあ、それはそれで分配や何やらで大変らしいのだけれど。
そんな訳で、こっそりとウデイアの領都へ送った伝令が中央の意向を持ち帰ってくるまでは、情報規制も兼ねて現状維持のまま砦に詰めるということになった。
ちなみに、ペカトの街へは細かい数などは一切伏せたまま撃退に成功したとだけ伝えてあるらしい。
「……暇だー」
解体作業が終わって平常に近い任務形態に戻ってしまえば、ボクたち冒険者組はやることがなくなってしまった。
「そ、そんなに暇ならちょっとくらい手伝ってくれていいのよ?」
「皆から絶対に手伝っちゃダメだって言われてるから無理ー」
横合いから飛んできたウナ姐さんの言葉を一蹴する。すがるような目で見つめてくる彼女の額には玉のような汗が浮かんでいた。ごうごうと燃え盛る炎の側にいるのだからさもありなん。まあ、半分は疲労からくるものだろうけれど。
解体の作業自体は終わったが、廃棄するしかない部位の焼却作業はまだまだ続いていたのだ。そして、これを理由にちゃっかりさぼっていたウナ姐さんは皆からのヘイトを集めており、こうして人一倍こき使われているのだった。完全に自業自得です、諦めて。
それにしても暇だ。他の冒険者たちは解体作業で酷使したナイフなどを砦の鍛冶師に修復してもらったり自分で手入れしていたのだが、煌龍爪牙は刃こぼれ一つしていないどころか、汚れ一つ残っていない。
赤みを帯びた色合いの軸にも歪みはなく、石突きを地面に置けば槍穂の先は真っ直ぐ青空を貫かんばかりだ。
「……ほう。それが三百もの魔物を屠ったハルバードか」
声のする方を振り返ってみれば、砦のある方から一人の男性がすたすたと歩み寄ってきているところだった。若いね。お兄さんと呼んで差支えのない年齢だよ。しかし、被っていた兜には部隊長であることを示す羽飾りが付けられていた。
「おっと、突然声をかけてすまない。俺はエルガート、ペカト守備兵団の部隊長の一人だ」
そう自己紹介した彼は、続け様にウナ姐さんにぺこりと頭を下げていた。カウティオスはペカトの街を主な拠点にしているし、部隊長である彼なら顔見知りの間柄だったとしても不思議ではない。
ただこの人、西方諸国における貴族の特徴である金髪に碧眼なのよね。
「どうも、エルネです。ドコープ連合国にやって来てからまだ日が浅いので、無礼があったらごめんなさい」
「……かえって気を遣わせてしまったか。確かに俺は貴族の出だが半ば勘当されているようなものだ。かしこまる必要はないさ」
と事情があるご様子。だけどウナ姐さんも何も言ってこないし、本当にかしこまる必要はないみたい。
「んー、そういうことなら遠慮なく。で、何か用?」
「い、いきなり変わったな……。いや、特に用というほどのことではないんだが、そのハルバードが見えたので、つい気になってしまったんだ。砦の仲間たちも冒険者たちも噓を言うような人たちではないのは知っている。だが……、三百もの草原地帯に巣くう肉食の魔物どもをたった一人で倒しきったというのはな」
「信じることができなかった?」
「悪いが、ありていに言ってしまえばその通りだ」
まあ、実際に目撃していたウナ姐さんたちですら「目を疑って、頭がおかしくなったんじゃないかと思った」と言っているくらいだから、聞かされたエルガートさんたちが信じられないのも仕方がないというものだろうね。
しかも、その事実を秘密にしてくれと言っているくらいだし。
「なにか裏があるとか、企んでいるんじゃないかと心配になっちゃった?」
「まあ、な……」
バツが悪そうな顔になっているあたり、誰かを疑うことが苦手で根が素直な人なのだろう。逆に言えば、そんな彼ですら疑問に思わざるを得ないほどの荒唐無稽さだったということだわね。
「秘密にしておいて欲しいのは目立ちたくなかったから。今回の件のことが噂で出回ったりしたら、多少の無理をしてもボクのことを召し抱えようとする人が出てくるかもしれないからね。あとは反対に勝手に脅威に感じて暗殺しようとする迷惑なやつらが出てくるかもしれないし」
ウデイアの御領主や国の上層部には正しく伝えざるを得ない――信じてもらえるかどうかは別問題だけど――から、どちらかといえば後者への対策の面が強いかな。ドラゴン準拠のこの身体は丈夫だけれど、完全無欠という訳ではないので。
「確かにうちの国ではそこまで極端な者はいないだろうが、他所ではそういう身勝手なやつらもいないとは限らないか」
ドコープ連合国は長らく冒険者との共闘関係が続いていたおかげで、冒険者という人種のことをよく理解しているものね。
下手に勧誘などはせずに適度な距離感を保つのが友好関係を続けるコツなのだ。
「疑いは晴れた?」
「良からぬ企みを持っている訳ではないことは理解できたな」
「残るはボクの強さの証明ってことかあ。……ちょうど暇を持て余していたし、模擬戦でもしてみる?」
「いいのか?」
「少なくともまだ数日は一緒にいなくちゃいけないんだし、変に疑われたままよりはマシでしょ」
先に言っておくよ。この時ボクが想定していたのは、エルガートさんたちペカトの街の兵士との模擬戦であり、砦にいる全員との戦いになるなんて露とも思っていなかったですともさ!




