54 問題はなくならない
深くなり過ぎないように槍穂の先端を慎重に突き入れ、そこから横へ真一文字に斬る!
たったの一振りでファングサーベルのお腹の毛皮がズバッと裂かれたことで、背後から「おおっ!」とどよめきが上がる。
「使い込んだミスリルの剣でも傷つけるが一苦労なファングサーベルを一挙動でとは……」
「しかも今ので十三体目だってのに、切れ味が全く落ちていないって話だ」
「それだけじゃないわよ。エルネちゃんはねえ、腸を傷つけないように必要な厚みだけを斬っているのよ!」
「凄えな!……って、なんであんたが自慢そうに解説してんだよ?働け!」
「わ、私は後で廃棄物を焼却しなくちゃいけないから!」
ウナ姐さん、それ後でたんまりこき使われるやつ……。なんだかんだで、皆昨日からほぼ徹夜で動き続けているからテンションがおかしなことになっているね。
第二陣の魔物たちが追加で押し寄せてこないとも限らないから、増援の冒険者を呼び寄せられないのも痛い。そろそろ五等級への昇級が見えてきた人たちならともかく、それ以下の連中だと草原地帯の魔物には歯が立たないどころか逆に美味しく食べられてしまうからねえ。
とりあえずペカトの街の兵士たちが応援に来てくれるまでは、今いる人間だけで頑張るしかない。
「そろそろ解体し終わった素材をどうするのかも考えねえとだなあ」
ボクがお腹を掻っ捌いたファングサーベルからテキパキと毛皮をはぎ取りつつ、壮年の男性がぼやいている。
多分、それについては今頃砦の兵士長も頭を悩ませていることだろう。既に解体を終えた素材だけで砦内の数部屋が埋まったという。
錬金に使用するという内臓の類は乾燥させて保存しておくのが一般的らしく、意外と場所を取らない――ただし、魔法で乾燥させる一手間が必要だけど――のだが、その一方で毛皮や頭骨などが嵩張ってしまうみたいだ。
仕方がないので、【アースウォール】の魔法を応用して囲いを作ろうか、という話すら持ち上がっているそうだ。魔法により生じた現象を固着させるには、発動時の数倍以上の魔力が必要になるので、魔法使いの人たちが難色を示しているとか。
「最終的にはウデイアのご当主様や国の上層部が判断するんだろうが、大商人たちの倉庫を借り上げる辺りが妥当じゃないか」
「一時的な保管場所ならともかく、砦の側に大規模な倉庫を作る訳にもいかねえよ」
どうして彼らがそんなことまで気にしているのかと言うと、解体した素材の運搬、正確にはその護衛として同行するのが次の仕事になりそうだからだ。
比較的治安の良い国内のみの移動だから、本来であれば彼らのような戦闘能力が高い人たちを回すにはもったいない仕事なのだけれど、今回はほら、ボクのこととか色々と秘密にしてもらわなくてはいけないからね。事情を知っている皆にお鉢が回ってくる可能性が高いのですよ。
さて、ボクもそろそろお腹を切り開く作業に戻るとしましょうか。
……そんなこんなで後始末に追われていた翌日、ついに待望の応援ことペカトの街の兵士たちが到着したのだ。戦闘が終わっているにもかかわらずそのあまりの歓迎ぶりに、やって来た兵士たちが困惑しているのが印象的だった。
まあ、なにはともあれこれでようやく落ち着ける、と思った矢先に新たな問題が発覚する。
より正確にはペカトの街で起こっていた、かしらね。到着した兵士の一人が冒険者ギルドからの手紙を預かってきていたのだけれど、カウティオス宛てのその手紙には先日のソードテイルレオ回収依頼への偽装についての顛末が記されていたのだ。
「勝手に依頼内容を書き換えていたとはな……」
「ペカトの街を出る時にアニキが言い淀んでいたのはこれだったのか」
ああ、そういえばカウティオスの皆には説明し忘れていたね。砦までの道中は全員決死の覚悟だったし、到着して以降もそれどころではなかったのだ。
「という訳で話しそびれていたけど、ボクはきっと悪くないです」
「エルネちゃん、それ開き直りって言うのよ」
げっそりした顔でウナ姐さんが突っ込んでくるけど気にしない。なお、お疲れなのは解体した後の廃棄部分を魔法で燃やし続けていたせいだ。うん。予想通りこき使われていたよ。
「まあ、侮ってくれたチンピラ連中にはしっかりとやり返しておいたから気にしないで。それよりも問題はその後だよ。依頼書を書き換えたギルド職員、逃げちゃったんでしょ?」
「そうらしいな。手紙によれば問い詰めようとした瞬間脱兎のごとく走り出して、貸し与えられていた職員寮の自室に逃げ込んだそうだ。仕方なく扉を破壊して中に入ってみたが、影も形もなくなっていたとさ」
扉を破壊するまでのかかった時間は五分もなかったらしい。窓から逃げた様子もなく、もちろん隠し通路のような逃げ道も存在していなかったそうだ。
「一応、部屋に残されていた資料などは押収したようだが、どれもローズ宗主国にあるギルド本部に送る報告書に関連したものばかりだったと書かれている」
そう簡単には尻尾を掴ませてくれなかったか。それにしても理由が分からずじまいというのが後味が悪い。
「彼が担当した他の依頼にも不審なところがないか探っている最中らしい」
ギルドの信用にかかわることだからさもありなん。同時にギルド本部に対して問い合わせと苦情の申し立て、更には身柄の引き渡しの要求を行ったとのことだった。
仮に対応が悪ければ、今回の件の全てを公表した上でドコープのギルドは今後一切ギルド本部からの指示に従うことはない、とまで書き記したのだそうだ。
「まあ、他国に本部が置かれたままになってること自体がおかしなことだからな。これを機にギルドも再編に動くことになるかもな」
そもそもローズ宗主国は大王国時代の首都とその周辺のごくわずかな土地しか有していない。場所柄出現する魔物といえば角兎や大口鼠くらいなもので、ゴブリンすらめったに見かけないそうだ。
この地域の本部としての役割を失えば、存続の危機にすら陥ってしまいそうだね。
他にも北東のチェスター武王国は正規軍だけでなく各領主たちの私設騎士団も精強で、冒険者の仕事がほとんどないという噂だ。
冒険者ギルドからすれば支部さえあれば大手を振って近隣の情報を集めることができる。よってそう簡単に撤退はしないだろう。
その一方で総本部の意向を強くするために組織再編のテコ入れくらいはしそうだわね。
……状況が落ち着くまではこちらの二国を訪れるのは後回しにした方が良さそうかも?




