53 お片付けです
ミーティングの後、砦にいる人員は主に二つの作業に分担して当たることとなった。
一つはボクが提案した魔物を誘導したかもしれない魔薬の痕跡を探すこと。なお、少人数で分散して当たることになるので、こちらは周囲の監視警戒も兼ねている。
もう一つは倒した魔物の解体と処理だ。この大陸ではよほど呪われた土地でもない限りアンデッド化することはないらしいのだけれど、他の魔物を呼び寄せる原因となったり不衛生さから病気の元にはなってしまう。
そのため、討伐した魔物は可及的速やかに処理することが望ましいのだ。が……。
「うーん……。さすがに三百もの数になると、魔物の種類ごとに分けて集めるだけでも大変だわね」
数も多い上に一体一体がとても大きいため、運ぶだけでも一苦労となってしあうのだ。
「ひ、一人で軽々と、ソードテイルレオを、ゼエゼエ。運びながら言われても、ハアハア……。説得力がないわよ」
息も絶え絶えになりながらも、しっかりとツッコミは入れてくれるウナ姐さん。なお、あちらは三人がかりで一体を運んでいる。
昨日の昼間、ペカトの街の近くで倒したソードテイルレオを回収に来た冒険者たちは十数人でようやく一体を荷馬車に運び上げていたくらいだから、それに比べると遥かに力持ちだ。
「しかし、これだけの数の素材となると保管しておく場所も新たに準備する必要があるかもな」
「……エルネちゃん、本当に討伐者の権利を放棄しても良かったの?」
「別にお金には困っていないしね。それぞれ一体分ずつの素材を貰えれば十分だよ。それよりはいい感じに誤魔化してくれる方がボクにとっては何倍もありがたいよ」
名前が売れすぎてしまうと旅をする上では邪魔になることもあるのだ。素材を提供することを条件に、ボクは昨晩の件を秘密にしてもらえるよう皆に頼み込んだのだった。
「気持ちは分からないでもないよ。貴族との付き合いが嫌で五等級から昇級していない俺たちですら、時々専属になってくれとか士官する気はないかと声がかかるくらいだからなあ」
「あ、やっぱりそういうことがあるんだ?」
「冒険者を重用しているからドコープはマシな方だぜ。前にいた国では「死ぬか我らに仕官するか、どちらか選べ」なんて迫られたこともあるからな」
貴族に使えたり国に仕官することが最上だ、と考えている人が一定数いるのだよね。
ちなみにその割合が一番多いのが権力者や有力者で、その次が冒険者本人たち、意外にも一番少ないのがその他一般人となる。
「先々に不安がないという訳じゃないけど、それはどんな生き方をしていていようが同じよ」
「ウナのように達観していられる人間は少ないのさ。それよりもこっそりと力を抜くな。しっかり持ってくれないとこっちが重くなるだろうが」
「さ、サボッテナイヨー」
やいのやいのと言い合いながら、運搬作業を続けていく。重労働ではあるけれど、解体を行っているメンバーに比べればまだ楽な部類だからねえ。
血濡れになってしまう、といったことももちろんなのだけれど、臓物を下手に傷つけると汚物や胃液のような危険な物質が漏れ出てしまいかねない。実は魔物に対する深い知識と、確かな技術が要求されてしまうのです。
ちなみに、今回襲撃してきた三種はどれも肉食系の魔物であり、はっきり言ってお肉の方はどう料理しても食べられたものではないレベルで不味い。
しかしその一方で、牙や爪だけでなく骨といった硬質な部位は武具に、内臓などは錬金の素材として使用できるのだとか。もちろん毛皮も有用で、こちらはなめして革製品にしたり、貴族や金持ち向けの毛コートなどにも仕立てられるそうだ。
これまでは草原地帯で異常が発生していないかを調査するため、国境線辺りに派遣される軍や冒険者が運悪く遭遇したものを狩る程度だったので、年間数体分しか出回ることはなかった。
だからこそ高級素材として需要が高かった部分があるようで、市場に流す量を適宜操作しないと、値崩れを起こしたりして大変なことになってしまうらしい。先の保管庫云々の話はここに繋がってくるという訳だ。
「これ、実際の数を教えられた冒険者ギルドの幹部連中が泡吹いてぶっ倒れそうだな……」
「それよりも真実を知らされることになるドコープ首脳陣の方が深刻だと思うわよ……」
「いや、どっちかというと報告する側の方が悲惨じゃないか?俺たちみたいにハイランク相当の実力があるパーティーでも、一度に二、三体を相手取るのが限界なんだぜ?そんな草原地帯の凶悪魔物三百体を一人で壊滅させたとかふざけるのも大概にしろ!とか怒鳴られそうだぜ……」
文字通り山のように積まれている魔物の死体を前に、ウナ姐さんたちが遠い目をしておられる。
素材にする内臓とかが傷まないのかって?平気へいき。魔物は無駄に身体が強化されているので、多少手荒に扱ったところで全く問題ありません。
派手にぶっ飛ばすことを優先していたとしても、ハルバードの直撃を受けたのにどれもこれも原形をとどめていたと言えば、少しはその丈夫さが理解してもらえるかな。
まあ、その分解体のために毛皮を裂いたり、骨を断ち切ったりするのに苦労しているようだけれど。
「よう、お前ら。くっちゃべる暇と元気があるならこっちを手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「おっ?お仲間か?さあ俺たちと一緒に血まみれになろうぜえ」
ほら、さっそく解体班の人に見つかってしまったよ。
しかし、言い方よ。まあ、魔物の血に濡れて猟奇的な外見になっていることも含めて、半分くらいは冗談なのだろうけどさ。
なお、残り半分は疲れやら何やらで本気なもよう。割と怖い。
「わ、私はほら、最後に処分する部位を焼却しなくちゃいけないから、魔力を温存しておく必要があるから!」
血の匂いを消して、腐敗を阻止するには燃やし尽くすのが一番だ。一見言い訳がましいようだが、ウナ姐さんたち魔法使いに大仕事が残っているのは事実だったりする。
「大変そうだね?」
「ん?おお、まあな。数が多過ぎて血抜きやらの本来踏む手順をすっ飛ばしてるってのもあるんだけどよ。どれもあの草原地帯で頂上争いをしているようなやつらだから、どこもかしこも堅くてなあ。特に最初の毛皮を裂くのが難儀しているんだよ」
ほれ、と見せてくれたおじさんの解体用のナイフ――ショートソードと言った方が適当な長さと厚みだった――は、連続で酷使され続けたためか本格的な手入れが必要だと思えるほどだった。
「ミスリル製で長年使い続けて育ててきた相棒でもこの有様だ」
「うひゃあ、これは大変だ」
うぬぬ……。やはりこちらの手伝いも必要そうですか。




