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竜姫の冒険 ~前世はVRゲームのテイムモンスター?~  作者: 京 高
第3章  西方諸国1 ドコープ連合国
52/108

52 どこかで誰かが

第三者語りの???視点となります。

 男が気付いた時には、全てが終わってしまった後だった。


「チッ!少々やり過ぎた。……ですか」


 勝手な判断で動いた結果怪しまれ、挙句の果てには己の元へと逃げ帰ってくるために貴重な転移のマジックアイテムを無駄にするという失態を犯した、使えない人間(どうぐ)の折檻に夢中になり過ぎてしまったらしい。

 足元に転がるのは、まだ息があるのが不思議なほどに壊し尽くされた体。床だけでなく壁や天井にまで飛び散った赤黒い染みが、この場所で起きた凄惨な出来事をことさら強調していた。

 対して男の身体や衣服には汚れ一つ見当たらない。


「視覚共有を施したはずのライトステップの反応がなくなっているだと?……ですか」


 共有とは言いながらも実際は間借りしているだけの粗悪な効果だ。遺跡より発掘された古の邪法を元に男が再現した特殊な術式の魔法なのだが、対象の視覚を見るには深い集中が必要される上に距離によって解像度が著しく悪化してしまうという欠点があった。

 それでも、遠く離れた地の出来事を即座に知ることができるという利点は大きい。更に対象にいかなる危害が加えられても施した術者には一切危険が及ばないことから、男はこの魔法を多用していた。

 もっとも、そうしたリスクを限りなく排除した仕様だからこそ、気付くのが遅れてしまった訳なのであるが。


「単なるハイランク相当の連中だけではなく、一等級の化け物並みの冒険者が複数混ざっていやがったか!?……ですか。」


 この世界では稀に突出した才能を持つ個が現れる。それは歴史書を紐解けばいくらでも書かれていることなのだが、軍や騎士団のような大きく国家に所属する者とは異なり、冒険者はどこに移動するのか分からないという不確定性があった。


「これだから冒険者という連中は性質が悪い!……ですか」


 そしてそんなどこの馬の骨とも分からないやつらを進んで招き入れているドコープ連合国の者たちにも虫唾が走る思いだった。

 なお、真偽のほどが極めて怪しい伝承や明らかな誇張を除き、少数で三百体にもなる数の魔物を蹴散らすなど、現存する一等級冒険者はおろか過去にも記録は残されていない。


「まったく、どいつもこいつもクズで使い物にならないやつらばかりだ!……ですか。やはり、しょせんは元辺境の地、偉大なる大王国王家の血脈を持たない田舎領主どもだな!……ですか」


 ロザルォド大王国時代には、併呑した元領主たちも含めたこの地の貴族に王族が輿入れしたことはない。西方諸国の中でも、ドコープ連合国だけが一段下に見られている主な原因がこれだった。

 もっとも、降嫁した貴族家や臣籍となった元王族とは婚姻関係を持っていたので、完全に王家の血が入っていない訳ではないのであるが。


 男はその苛立ちを足元にあったナニカにぶつけた。既に呻き声をあげられるだけの力が残っていないのか、はたまた声帯が破壊され尽くしてしまっているのか。強かに蹴り上げられたはずなのにそれは一切の音を発することがなかった。


「そもそも、ベヒーモスが草原地帯に現れたという話からしておかしかったのだ!……ですか」


 それを真に受けて諸々の作戦を進めた己を棚に上げ、元凶となった相手に怒りを募らせていく。


「なにが「どんな魔物でも自在に操って見せる」だ!……ですか。ベヒーモスはおろかキャスライノスやフォートライノスすら発見できなかったくせに!……ですか」


 魔物を操ることに特化していたとある闇組織、その生き残りこそが彼にその話を持ち込んできた者たちだった。だが、いざ草原地帯へと送り込んでみれば全く役に立たず、ソードテイルレオなどをかき集めるのが関の山だった。

 もっとも、わざわざ視覚共有を施していたことからも分かるように、これでも襲撃は十分だと判断したのは男自身だったのだが、そうした都合の悪いことは全て忘却しているかのようである。


「やつらにも仕置きが必要、っと、そうだった。既に撒き餌として使用したのだったな!……ですか。血肉くらいは役に立つかと思ったのだが、ゴミはゴミでしかなかったようだ!……ですか」


 実際は三百にも及ぶ魔物を支配しウデイア領の砦にまで誘導せしめ、加えてはからずしも人の血と肉の味を覚えさせたことで、狂ったようにひたすらそれを追い求めるとてつもなく危険な存在を生み出していた。

 仮にこれが他の領地に放たれていたならば、数日で砦は陥落し、街や村は次々と滅ぼされていったことだろう。

 それら全てを撃退できる力を持ったエルネがその場に居合わせた、それこそが一番の幸運――男にとっては不幸そのものだっただろうが――だったと言える。 


 もしも男が勝利の結末を信じ切って早々に帰還しなければ、もしも視覚共有によって砦の戦いの様子を垣間見ていたならば、少しはその展開の異常さを知り警戒することもできたかもしれない。

 が、結果は冒頭の通りである。

 口封じを兼ねて協力者たちを殺害し、その血肉を砦への道すがらに配置すると、彼はさっさと自身の拠点へと帰ってしまった。そして碌な成果もないどころか、逆に疑念と不審を植え付けるだけとなった不良品を痛めつけているうちに、全ては終わってしまっていたのだった。


「まあ、いい。ドコープにも、そして他の二国にも謀略の網を緻密(ちみつ)に張り巡らせてあるのだ。一つの策が潰えたところでどうということはない!……ですか」


 男は独り言ちると、部屋の隅に申し訳程度に置かれていた小さな安物の机へと向かう。

 ヂリン。

 その机の上にある、これまた粗悪な(ベル)が見た目通りの汚い音を発する。


「……およびでしょうか?」


 重い扉を開けて入ってきたのは、垂れ下がった手が床に付きそうなほどに腰の曲がった下男だった。


「これの処分と、部屋の掃除をしておきなさい」

「……かしこまりました」


 そう指示を出すと、男は部屋を出ていく。

 背後でギギギギ……、と錆びた音を立てながら扉が閉まると、ガリボキグチャクチャとナニカを咀嚼するような音がかすかに漏れ出ていた。


 カツ、カツと足音を響かせながら、男は長い石の階段を登っていった。


 緻密に張り巡らされているからこそ、一つの失敗がやがて大きな綻びとなって全てに波及してしまうこともある。自身の失態から目を逸らし続ける限り、そのことを彼が理解できる日はないだろう。

 その予兆が既に起きていたとしても。


 だからこそ、どのような策を敷こうとも平然とぶち壊してしまえる反則まがいの規格外少女が、自身の縄張りへと足を踏み入れてしまっていることにも気が付くはずがなかったのであった。


〇とある闇組織

 どんな魔物も操れると豪語して調子に乗っていた挙句に、大量の魔物の大暴走を引き起こして自分たちのアジトすら崩壊させてしまったおバカな連中。

 生き残りも男の策略に全員利用され、命を落としたために完全に壊滅している。なお、その際に魔物を操る秘儀も喪失することとなった。

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