51 会議に参加するよ
お風呂でホカホカすっきりしたところでおやすみなさい、といきたいところだがそうもいかない。なにせお日様が東の空に顔を出したばかりだからね。
……違う、そうじゃない。いや、朝だというのも理由の一つなのだけれど、本命は別です。昨日の魔物による襲撃事件が発生した原因を探らなくてはいけない。こういうのは時間が経てば経つほど痕跡が風化していくものだからね。素早い初動が大切なのだ。
「気付いている人も多いと思うけど、あの魔物たちの行動はおかしかった。いくら魔物とはいえ、逃げずに戦い続けて全滅するなんて、どう考えても変でしょう」
しかもこれは異常の一つに過ぎないのです。
砦を包囲していた魔物は主に三種。ソードテイルレオにファングサーベル、ライトステップといずれも草原地帯に生息する肉食系魔物の中でもトップクラスの勢力と強さを誇るという。そんな明らかにライバル関係の魔物どもが、互いに争うことなく協力して生息地から遠く離れた砦まで攻めてくるなんてあり得ない。
「救援を呼ぶために砦から抜け出したカウティオスをつけ狙ったソードテイルレオの行動も妙だった。牽制されたり脅されたり、あきらめずに追いかけ続けるには割に合わない獲物だったと思うんだ」
狩りで待ち伏せするようなことはあっても、執拗に追いかけ回すような生態はしていないらしい。
それに何より、フォートライノスやキャスライノスといった大型魔物ならばともかく、それ以外の魔物が草原地帯から出てきたなんて、記録にすら残っていないほどの超絶な珍事なのだ。
「以上のことから、今回の事件には何らかの外的要因があると考えられます」
「ふむ。一理あるどころか、かなり説得力のある推測だな」
ボクの予想に兵士長を始め集まった人たちがふむふむと頷いている。
砦一階で行われているミーティングには、砦に駐留している国軍からは兵士長と六人の部隊長が、冒険者側からは各パーティーのリーダーとサブリーダーたちが参加していた。
そんなメンバーを相手になにゆえ一番経験の浅いボクが語っているのか?我、八等級ぞ?
まあ、それだけ異常事態のオンパレードということなのだろう。常識的な考えでいては後手に回ってしまう。どんなに奇抜な意見だったり突拍子のない考えであっても、頭の隅に入れておかなくてはいけないという不安感に苛まれているのだ。きっとみんな藁にでも縋りたい気分なのではないかしらん。
とはいえ、堂々と意見を言えるせっかくのチャンスなのだ。昨日から頭の中に付きまとっている疑念やら何やらを吐き出してみたのだった。
「外的要因ね……。どんなものがあると思う?」
「誰かから命令を受けていた、かな。例えば「見つけた人間は何があっても殺せ」とかね。これなら一応全滅するまで戦いを止めなかったことも、執拗にカウティオスを追いかけ続けてことも説明がつくよ」
ウナ姐さんからの問いに、あらかじめ考えていた内容を話す。ただし裏付けも何もないから、推測にすらならない空想とか妄想でしかないのだけれど。
「魔物に命令となると、一番に思いつくのはテイマーによる指示だな」
「あれだけの数の魔物を従わせるだなんて聞いたこともない!」
「それにあの魔物たちは逃げることなく死んでいった。命懸けの命令なんてお互いに信頼し合って心を通わせたマスターからのものでもなければ受け入れられないはずだ」
喧々諤々《けんけんがくがく》と意見が飛び交う。
ちなみに、前世がテイムモンスターだったボクから言わせれば、確率ゼロでテイマーの線はない。倒した魔物たちからは一体たりともマスターらしき相手との繋がりを感じることはできなかったためだ。遊牧民の家畜からは感じ取ることができていたので間違いないね。
それなら他に考えられるのはなんだろう?
「怪しい薬でも使われていたのかな?」
「くすり?」
「例えばなんだけど、意識を混濁させられて人間でいうところの暗示が掛りやすい状態になっていたとか?
「ふうむ……。確か『魔薬』と呼ばれている禁制品にそうした効果を持つ品もあると聞いたことがあるが……。果たして魔物に人間と同じように暗示がかけられるものなのだろうか?」
禁制品の薬!?それ、とっても怪しそう!さすがは砦の責任者に任じられるだけあってか、兵士長は物知りだね。そしてあまり表沙汰になっていない情報なのか、冒険者側は全員初耳だったようだ。
「公になっていない情報だから、一応ここだけの話ということで頼む」
そう前置きしてから兵士長は魔薬について話してくれた。
彼の説明によれば、魔薬というのは中毒性や依存性が高かったり、危険な反作用が出るものの総称なのだそうだ。他にも酷い後遺症が残ったりと禁制品に指定されるのも当然という内容のものばかりらしい。
ただし、その分効果は折り紙付きらしく、裏社会や闇組織では手を出す者が絶えないのだとか。
「そんな有様だから金にもなる。『調薬協会』から除名されるような外道のや薬師や錬金術師が目の色を変えて作りだしているという噂だ」
更に厄介なことに、仮に製作者や販売者を撲滅できても遺跡やダンジョンから調合レシピが頻繁に発見されるので根絶は実質不可能となっているという。
どうやら昔々には奴隷などの使用した上で戦争の最前線に送り込んだりしていたみたい。歴史の闇が深いです。
「……あれ?兵士長さん、さっき魔薬は中毒死や依存性が高いって言わなかった?」
「全部が全部ではないが、そうしたものもあるそうだ」
「それを使って砦まで魔物の群れを誘導したとは考えられない?」
「……不可能ではない、と思う。だが、あれだけの数の魔物に味を覚えさせなければならなかったことを考えると、とんでもない量の魔薬が必要にはなるぞ?」
彼の言わんとしていることは朧気ながら分かるよ。でもね、可能性があるなら目を逸らしたままでは不味いでしょう。
「それができるだけの誰かか組織の仕業だったというだけのことじゃないの。最終的な判断はお任せだけど、そういった痕跡がないかを調べるだけでもしておいた方がいいと思うけどね。相手を過小評価し過ぎて足元をすくわれたら目も当てられないよ」
「……そう、だな。世の中には君のように可憐な少女が凶悪な魔物の群れを殲滅せしめる事例だってあるのだからな」
兵士長がそう言うと、ボクを除く部屋中の皆が追従するように頷きを繰り返していた。
提案を受け入れてくれたことは感謝だけど、ボクを引き合いに出すことで納得するのは止めてくれませんかねえ!?
〇調薬協会
超国家組織の一つで、薬師や錬金術師が加盟している。瞬時に傷を癒す回復系の薬を始め様々な薬を製作し、各種組織や店に卸している。
この世界では回復魔法の使い手はほとんどが聖神教に囲われているため、戦場では薬が本当の意味で命綱となっていることが多い。なので組織の規模はそこそこでも発言力は強い。




