50 ごほうびおねだり
後半お風呂回です。
……お色気はないけど。
「で、最後までだーれも応援に来てくれなんだもんねー。嫌になっちゃうよねー」
どうも。三百体を超える魔物たちを一人で一網打尽にした殲滅系美少女ドラゴニュートのエルネです。
だけどこれ、やりたくてやった訳ではないからね。
ボクの予想では、最初の一当てで派手に魔物側の包囲を崩した時点で冒険者たちからの応援がスタート。外側に注意を向けさせたところで、内側の砦から籠城していた兵士たちも反撃開始。魔物は総崩れになって這う這うの体で逃げ出していく、という展開になるはずだった。
ところが蓋を開けてみればビックリ仰天。冒険者も兵士も誰一人として応援には来なかった上に、どんなに劣勢になったとしても魔物たちは一体たりとも逃げようとはしなかったのだ。
ボクがグチグチと愚痴りたくなるのも納得のお話だとは思いませんか。とはいえ、半分くらいは演技だけどね。
相変わらず本気の全力ではなかったが、意図的に力をセーブするようなこともしていなかった。煌龍爪牙を振るうたびに人間の何倍もの大きさの魔物たちがまとめて吹き飛んでいくのを見れば、呆気に取られて動けなくなるのも理解できるもの。
「だから皆悪かったと思っているのよ。本当よ」
そんなボクを必死に宥めてくるのはウナ姐さんだ。いつの間にか彼女はボクを連れてきた張本人という扱いになっていたのだ。どうもペカトの街を出立する際に声をかけてきたことが原因みたい。そしてカウティオスのリーダーのカロさんや砦の責任者である兵士長から、ボクの相手をするよう命じられていたのだった。
なお、直接的なきっかけを作ったはずのクルーさんは素知らぬ顔でちゃっかり逃げていた。まあ、砦に集っていた魔物どもを駆逐したとはいえ、まだまだ予断を許さない状況だ。いち早く異常を察知するためにも彼の眼は欠かせないだろう。
「つーん。言葉だけでは信じられませーん」
「ん?んん?……そ、それならどうすれば許してもらえるのかしら?」
あからさま過ぎる不機嫌ですアピールに、察しのいい彼女はわざとらしい言葉で要求を促してくる。
チラリと横目で周囲を見回してみれば、兵士長を始め近くにいる人たちが揃いも揃って素知らぬ顔をしながらもしっかりと耳を傾けているではありませんか。どんな要求がされるのやらと戦々恐々、もとい興味津々みたいです。
余談だけど、今ボクたちがいるのは砦の屋上にして巨大魔物との戦いでは主多くの人員が展開することになる広場だ。
救援に来た冒険者が中心となって行っている周辺の調査と見張り、兵士たちが中心で進められている倒した魔物の遺骸集めといった諸々の作業の指示をこの場から出していた。さすがに一番の功労者をこれ以上働かせられない、と場違い感がはなはだしいものの、この場所に留め置かれているという訳だ。
それはさておき、せっかく関心を持ってくれているようなので、存分に要求を伝えさせて頂こうではありませんか。
「確かこの砦にはお風呂があるんだよね?それなら浴場の優先利用権を主張します!」
近くに湧き水が噴き出す泉があるとかで、砦の井戸は水質、湧出量ともに二重丸なのだとか。しかも手押しポンプなるもののお陰で水くみも楽々ときている。更に魔法使い兵士の訓練も兼ねて相当量のお湯が常備されているのだった。
さすがに非常事態が続いた今はお湯を準備するところから始めることになるだろうが、我が儘としてはかわいい部類でしょう。救援に来た冒険者もいることだしね。
「でも、見知らぬ場所だし、覗かれるかもっていう不安もあるんだよね……。そうだ!広い浴場なら女性陣も一緒に入るのはどうかな?」
ここで少しお裾分け。もちろん覗き云々は建前です。いくら功労者とはいえ一人だけ贅沢していては気分がいいものではないからね。女性たちに恩を売ることもできるのだから活用するしかないでしょう。
「その話、乗ったわ!」
ウナ姐さんがやる気を出したことでもうじき明け方という時間――負傷していた一部の兵士を除き、全員徹夜の真っ最中――にもかかわらず、お風呂の準備はあれよあれよという間に整った。ボクの目論見通りに「それくらいなら安いものだ」と兵士長があっさり許可を出してくれたこともある。
「いやあ、久しぶだけどやっぱりお風呂はいいねえ」
たっぷりとお湯が張られた浴槽に肩まで浸かっていると、疲れがお湯に抜け出していくようだ。お胸様も重力から解放されて心なしか軽やかになっている気がするよ。
「鱗持ちは沐浴や湯浴みを好むと聞いていたけど、本当なのね」
ぷかぷかとお湯に浮かぶボクのお胸様を見ながらウナ姐さんが言う。そんな彼女は昼間のソードテイルレオとの戦いでの疲労を癒そうとしているのか、脚や腰だけでなく肩のマッサージにも余念がない。
魔法を主体とした中距離もしくは遠距離攻撃が主体のウナ姐さんだが、短時間であれば身体強化魔法を用いて最前線にも出たりもしている。特に今日はパーティーが分断されてしまい、彼女への負担も大きかったのだろう。
ちなみに、浴場には他にも数人の女性たちがいたのだが、彼女たちが浴槽にやってくる気配はない。
気を遣われている?ノーです。彼女たちは併設されている洗い場で衣服を洗うことに精を出していた。特に冒険者の女性たちはふんだんにお湯を使える機会が少ないので、目の色が変わっていたよ。
野外活動の多い冒険者稼業や軍での生活はそれだけ過酷だということの証左なのだから、決して残念とか言ってはいけない。いいね?
「ここに来るとお湯が使い放題になるから助かるのよね」
聞けばドコープ連合国内にある他の砦も似たようなものらしい。巨大な魔物と戦うという過酷で危険な任務だからなのか、こういう特典を用意して兵士たちの不満をやわらげ、加えて冒険者も訪れやすい環境にしているのかもしれない。
「最初にこのシステムを考えた人は、やり手だったんだろうね」
「そうね。冒険者を呼び込む政策といい、大王国から分裂した西方諸国の中では最弱だと侮る声も多いけど、ドコープの指導者には優秀な人が多いと思わ」
ない袖は振れないのだと自覚していたことが良い方に転がったのかもね。開き直りだと言う人もいるだろうが、己の限界すら把握できないまま破滅に突き進むよりは余程マシだと思う。
「あー、やめやめ。真面目な話は禁止。せっかくのお風呂なんだからリラックスしないとー」
「その意見には同意するわ」
そしてボクたちは他の人たちがやって来るまでの間、二人で広い浴槽を堪能したのでした。
追記。お湯が減って冷えてしまったため、男性との交代の際にお湯は全て入れ替えることになる。
そのことを知って落胆していた一部の人たちが、絶対零度の視線を向けられることになったとかなんとか。




