47 移動中につき色々考えてみる
「結局ボクが一番働いたのに、更に街まで歩かされるなんて解せぬ」
「どの口がそれを言うんだ。その原因を作ったのも他ならぬお前さん自身だろうが」
「ぐぬぬぬ……」
夕闇が迫る中、三台の荷馬車を引き連れたボクたちはペカトの街に向かってカッポカッポと街道を歩いていた。
あの後冒険者たちが一人残らず使い物にならなくなった――気絶してしまったのよね――ため、仕方なくボクが一人で残る二体のソードテイルレオを荷馬車へと積み込んだのだ。ボクが!一人で!とてもとても大事なことなので二回言いました。
それなのに、ああ……。御者台の隣はおろか、荷馬車の隅っこに乗せてくれることもなく歩かされるだなんて!……魔物の死体と一緒なんてごめんなので、勧められたところで断って歩くことを選択していただろうけれど。
なお、実質役立たずとなった冒険者たちだが、彼らもまた――こちらは予定通り――御者役の二人を除いて全員がぐったりとした顔で歩かされているよ。
「ところで、さっきの話なんだけど」
「ん?どの話だ?」
「おじさんの同僚のことだよ。報告書を改ざんした件」
「あれか。バカどもも暴走してしまうし、お前さんには余計な迷惑をかけ通しになってしまったな」
あいつらはそれを真に受けてボクのことを初手から見下していたからね。仮に正確なことが記載されていたならば、あそこまで極端な反応にはならなかったかもしれない。
とはいえ、実際に顔を合わせてもなおおおよその力量を見抜けないのは、本人の経験不足という面も強いからなあ……。職員のおじさんはボクの言い分にしっかり耳を傾けてくれたし、渡された報告書の内容の方がおかしいのではないかとすぐに判断していたくらいだ。
まあ、だからこそ。
「それこそが狙いだったのかな、って思ったんだよね」
ボクと回収に来た冒険者たちの間で、何かしらの諍いやトラブルが発生することを狙っていたようにも感じられるのだ。
「……ふむ。喧嘩でも起きれば同行していた俺の管理ができていなかったことになるか。一つでも事例があるなら『ペカトのギルド支部はの管理能力に難がある』とも書くことができるな」
西方諸国の冒険者ギルド本部があるローズ宗主国とドコープ連合国は、現在潜在的な敵同士と言っても過言ではないくらいに険悪な関係になっている。
まあ、それは西方諸国の国々全てに言えることなのだけれど、そんな状況だからこそ、今回の件もローズ宗主国による暗躍の可能性も考えられてしまうのだ。
「あとはギルドと冒険者、または冒険者同士の関係を悪化させようとしているのかも。一つ一つは取るに足らない小さな出来事でも、積もり積もれば不信感を覚えずにはいられなくなるだろうし」
以前にも述べたように、ドコープ連合国は戦力の大半を冒険者に求めている。魔物に包囲された砦の救援をギルド経由で求めていることからもそれは明白だろう。
それなのに肝心の冒険者たちの間で不和が広がってしまえば、国土防衛や治安維持が成り立たなくなってしまう。
「せせこましいんだか壮大なんだかよく分からんな……」
「目標は大きく、けれど活動は小さく一歩一歩確実に、ってところかな」
「うちの国の混乱が目的って時点で絶対に賛同はできないが、方針自体は至極真っ当なもんなんだな」
「陰謀や調略なんてほとんどがそういうものなんじゃないの。詳しくは知らないけど」
仕上げこそ派手にお披露目する物語などですら、そこに至る仕込みは地味なものが大半だからねえ。
「どちらにしろ、街に戻ってから締め上げて確かめないといけねえ」
「まあ、業務に支障が出ないよう上手くやってくださいな」
締め上げるのが確定しているあたり、件の職員の態度は悪かったのだろう。ボクとしても不仲を煽るダシに使われたようなものなので否やはない。
「それにしても、うちの国が崩れたら西方中に草原地帯の魔物が広がるかもしれないってのに、よくもまあ、こんなバカバカしいことができるもんだぜ」
「ロザルォド大王国の頃から巨大魔物はドコープの前身の地域だけで抑え込んでいたんでしょう?知らないことや見たことがないものっていうのは、時にないことと同じだから」
それでも昔は一つの国で頻繁に行き来もあれば噂話程度にでも情報が伝わっていたはずだ。しかし、分裂して他国になってしまった今ではそれもままならなくなっている。
多分ドコープ以外の西方諸国の人々にとっては、草原地帯から這い出して来る巨大魔物も、突然飛来するかもしれないはぐれドラゴンとそう変わらないのだろう。
「他の国の人たちがどう思っていようがここでは現実に脅威なんだから、自分たちの身の安全は自分たちで守るんだと割り切るしかないよ」
「まあ、そうなんだけどよ……」
理解はできても納得はできないと言った感じかな。おじさんの返答は歯切れの悪いものだった。
そんな会話をしていると、ついにペカトの街の外壁が見えてくる。
「おー……。堅牢そうで立派な石の壁だねえ」
ここまでのものは今世では初めて見たよ。ドラゴンの集落を襲うような命知らずな魔物はいなかったから柵すらなかったし、ドワーフの村は万年雪が残る高山の中腹にあって、その上ほとんどは洞窟の中という半地下構造だったからね。
冒険者登録をした遊牧民たちの街も、実態は大規模な村か小さな町くらいでようやく周囲に策が張り巡らされたばかりだった。
「もしも砦が落とされた時には、この街に籠って籠城戦になるからな。頑丈な外壁は俺たちにとって命綱そのものなんだよ」
そこに住んでいるだけあって言葉への実感の入り方が違うね。ほうほうふむふむとおじさんの話に頷きながら歩いていると、あっという間に門の前に到着する。夜になる前に街へと辿り着けた安心からなのか、背後から気の抜けた雰囲気が伝わってくる。が、せめて門を潜って中に入るまでは緊張感を維持するべきだね。マイナス十点。
入るための審査を受けようと馬車を止めたところで、街から出てくる物々しい一団とすれ違う。野宿を繰り返していたボクが言うのもなんだが、夜に出歩くなんて危なくないのかな?
「砦へ救援に向かうやつらか。もう準備を終えて出立するとはさすがだな」
そういえばカウティオスは魔物に取り囲まれた砦から抜け出してきたのだったね。つまり彼らは草原地帯に生息している強い魔物ども相手でも渡り合える実力者ということになる。
なるほど、身に着けている武器や防具の質が良いのもさることながら、全員隙らしい隙がない。まさに強者揃いといった感じだわ。




