46 よくわからない
ソードテイルレオの遺骸を回収に来た冒険者たちのボクに対する態度がどうにもよろしくないと思っていたら、応対した冒険者ギルドの職員が改ざんした可能性が高いらしいことが判明した。
ただ、ねえ……。その改ざんの内容もボクの立場がちょっと悪くなる程度のものだったのだよね。はっきり言って地味で嫌がらせに近い。
「なんでそんなことをしたんだろう?」
「分からん。確かにあいつは『ローズ宗主国』にある『ギルド本部』から監査だが視察だかに派遣されてきたやつで、俺たち冒険者上がりの職員に対抗心があったのか、事あるごとに嫌味を言ったり突っかかってきたりはしていたんだが……」
それはそれで別の問題が起きていそうな気もするのだけれど、今回の件とは直接関係なさそうだわね。
「あ、もしかしてボクの等級が引っ掛かったのかな?」
「等級?」
「うん。これ冒険者カードね」
「あ、ああ。預かるよ。……はあっ!?八等級冒険者だとお!?」
冒険者の十から一までの等級に分けられているのだけれど、もっと大まかに八等級までを『ローランク』、七等級から五等級までを『ミドルランク』、四等級より上を『ハイランク』と俗称している。
つまり八等級は「多少はこなれてきたとは言ってもまだまだ半人前」というのが世間一般からの認知となるのだ。
そんなボクが五等級冒険者パーティー――カウティオスのことです――ですら苦戦していたソードテイルレオを、しかも複数倒したと言われても信じることができなかったのかもしれない。
「い、いや、冒険者の等級ってものはあくまで目安だ。凄腕の軍人が何らかの理由で退役後に冒険者になるなんてこともそう珍しいことじゃない。それ以前に、いくら信じられないからと言って冒険者からの報告を勝手に書き換えていては話にならない」
ふむ。彼の言い分ももっともだね。依頼をこなしても「信じられない」と拒否されることがまかり通っていては、冒険者ギルドの業務すら成り立たなくなってしまう。
まあ、通常の依頼の場合はそんなことが起こらないように、討伐証明部位を持ち帰ったり苛移管料のサインをもらったりすることが義務付けられているのだけれどね。
「で、結局最初の疑問に戻ってくるのね……」
「そう、だな……」
職員さんと二人で無言になってしまう。本当にどうしてこんなことをしたのやら。
ちなみに、ボクたちが話し込んでいる間に回収作業は進んで……、いないね?いくら大きさと重さがかなりなものとはいえ、一体目をようやく荷馬車に引き上げることができただけというのは、手際が悪過ぎではないだろうか?
「遅くない?」
あ、と思った時にはもう遅かった。件のギルド職員の思惑が分からないことにストレスを感じていたのか、つい思わず頭に浮かんだ言葉が口から零れ落ちてしまっていた。
これまでの会話にはピクリとも反応しなかったのに、そしてそういう言葉にだけは耳ざといのか冒険者たちが一斉にこちらを向く。なにやら凄んでいるようだけれど、疲れ切って肩で息をしているようでは恐ろしくもなんともない。
揃いも揃って同じ表情になっていたことは不気味だったけれど。
「ああん!?文句でもあるのかあ!?」
比較的近くにいた一人がずかずかと近寄ってくる。意外と元気なのかな?いや、よく見れば足がプルプル震えているわ。舐められたくないという気力だけで立っている感じだ。ある意味行動に一本筋が通っていると言えなくもない、かな。
だけどその原動力となっているものがあれではねえ……。まるっきり下町のチンピラだよ。
「止めないか。まだ仕事は残っているんだぞ」
「うるせえ!引退したロートルは黙ってろ!」
職員さんの言葉にも聞く耳持たずとは。しかも、他の連中も同調して野次を飛ばしたり囃し立てたりし始めている。
「よくもまあ、こんな連中ばかり集まったものだね」
「腕っぷしの方はそこそこになってきたから、草原の魔物を間近で見る良い機会だと思って連れてきたんだが……。とんだ見込み違いだったのかもしれん」
込み上げてくる頭痛をこらえるように額を抑える職員さん。そんな彼の苦悩を理解できずに冒険者たちは騒ぎ立て続けていた。
なお、一定以上近寄ってこようとしないのは、慎重なのかそれともただのビビりなのか。……後者の気がするわ。自分より弱い――と思い込んでいる――相手にしか強く出られないなんて、小者過ぎるよ。
「聞くに堪えない罵詈雑言になって来たし、いい加減に鬱陶しいから伸してもいいかな?」
「面倒なことになるから殺すなよ?」
「失敬な。それくらいの力加減はできますとも」
どちらかというと、彼が力を見せつけておく方が後々やりやすくなるような気もするのだが、ボクも初対面から侮られっぱなしだったからねえ。現実というものを教えてあげようではありませんか。
「おおん?どうした?まさかやる気になったってのかあ?」
「…………」
挑発にもならない安っぽい言葉に応えることなくすたすたと近寄り、スッと右手を上げて額目掛けて指を弾く。
ベシリ!
「おごわあああああああああああ!?!?」
デコピンをまともにくらって悶え苦しむチンピラ冒険者。あらあら。地面を転がり回るから全身砂埃まみれの土まみれになってしまっているよ。
「あれを避けられないとかセンスないよ。魔物に殺されないうちに冒険者は廃業するべきだね」
「て、てめえ!?」
仲間がやられたことでようやくスイッチが入ったのか、残りの冒険者たちの目の色が変わる。が、直後に今度は顔色と共にその目つきは大きく変貌することとなる。恐怖によって。
はっはっは。自重なしに殺意を思いっきり叩き付けてやったからね。ドラゴンすら怖気づくのだから、本気の命のやり取りもしたことがないようないきがったやつらに耐えられるはずがない。
ちなみに、冒険者連中にだけ向けているので、職員さんや馬車をひいてきたお馬さんたちにはプレッシャーにはなっていない、と思う。
歯の根が合わなくなったのか小さくガチガチと震える音も聞こえてきた。あともう一押しってところかな。
「お前たちの目、ずっと不快だったんだ。だからさ、……潰してあげる!」
ニヤリと笑って大きく一歩踏み出した瞬間、
「ひいっ……」
「は、はひ……」
「あばばばば……」
どさどさと次々にその場に泡を吹いて倒れていってしまったのだった。
「あ、あれ?」
「やり過ぎだ……」
困惑するボクと、更なる頭痛に見舞われることになった職員さんだけが残ったのでした。あとお馬さんたちも。
〇冒険者ギルドの本部と総本部
超国家組織ではあるが、基本的にその土地土地の文化風習に則り、それぞれの国の法律に従うものとなる。そのため国ごとに統括する『本部』が置かれている。
対してギルドの発足の地である都市国家にあるギルドのことを『総本部』と呼称するようにしたのだが、40話でのエルネのように、うっかり『本部』呼びされてしまうことがほとんどだったり。
本部は首都に置かれることが通例なのだが西方諸国は特殊で、大王国時代の首都だったローズ宗主国に置かれているだけ、という状態が続いている。
〇山脈西側の麓(西方諸国の東側)
遊牧民たちが暮らす広大な丘陵地域。基本的に家族や一族で移動しながら生活しているが、交流地点だった場所に定住する者も増えており、いくつかは街に変わりつつある。エルネが冒険者登録を行ったのもそんな街の一つ。
ヒューマンが多数を占めるがピグミーも多数暮らしている。
同族としての仲間意識はあるので、外的には団結して立ち向かう。近年ではチェスター武王国との小競り合いも頻発しており、そのあおりを受ける形でドコープ連合国でも国境がきな臭くなっている。
いつの日か絶大なカリスマと指導力を持った王が現れて国としてまとめ上げる、という伝説があるとかないとか。




