44 戦いが終わって
「あのままではソードテイルレオどもに押しきられていただろう。助けに来てくれたこと、本当に感謝する。誰一人として死ぬことがなかったのは君のお陰だ」
戦いが終わって改めてお礼を言ってきたのは、リーダーを務めているという男性だった。ベテランの風格が漂う渋いオジサマだわ。
腕の方も頭一つ抜き出ていて、最前線で戦闘しながら仲間たちに指示を出すという離れ業をやってのけていたよ。しかも最後に止めを刺したのはこの人だったりするのだから凄いわ。もちろん、純粋な戦闘能力だけならボクの方がはるかに上だけれど、同じことがやれるかと問われればノーだろうね。
「犠牲が出なくて良かったよ。あ、クルーさんからの伝言。「ペカトの街に先に行く」だって」
「そうか。姿が見えないと思ったが先に向かってくれたか……」
彼だけでなく他の仲間たちも安心したのか、ホッと一息ついている。
これって、もしかしなくてもとんでもない異常で緊急な事態に鉢合わせてしまったのでは?
「随分と急いでいたみたいだったけど、何かあったの?」
「実はここから南方に巨大魔物を撃退するための砦があるんだが、昨日突然たくさんの魔物に取り囲まれてしまったんだ」
それもただの魔物ではなく、草原地帯に暮らす強い魔物たちばかりだったというのだ。
「巨大魔物、フォートライノスやキャスライノスですら草原地帯から出てくることは稀でな。その他の魔物どもとなると記録にも残されていないほどの珍しさだったのだが……」
わーお。思った通りとんでもない異常事態が発生しているもよう。とにかく、そんな強力な魔物たちに取り囲まれてしまい、砦は孤立無援の状態になってしまった。
ちなみに砦はドコープ連合国の管轄であり、詰めているのも基本的には国の兵士たちだ。まあ、それぞれの土地を支配管理している四つの貴族家が有する戦力というのが実態のようだけれど。
一方で冒険者は、平時は付近の街や村から食料並びに物資を運ぶといった仕事を担当し、厳戒態勢ともなると追加戦力として砦に派遣されることとなる。
今回の場合、運悪く彼ら冒険者パーティーの『カウティオス』が物資を運び込んだ直後に事件が起きてしまったのだそうだ。
「戦いになってすぐにこのままではじり貧になると分かり、俺たちが救援を求めることになったのさ」
国軍所属の兵士たちに対して、冒険者は協力者という立場になるから身動きが取りやすかったのだろうね。ほら、軍隊だと命令系統だとか色々あるから。
「キャスライノスに比べればはるかに小さいとはいえソードテイルレオはあの巨体だ。他にも同等なサイズの『牙刃猛虎』に、一回り小型だがわずかな凹凸があれば軽々と駆け上ってくる『軽足豹』なども入り混じっていたからな……」
それでも空から強襲してくる『貪食禿げ鷲』がいなかっただけ大分マシだったそうだ。仮にそいつらまでいたら、砦を抜け出すことはできなかっただろうという話だった。
が、一つだけ想定外だったのが、逃げ出した彼らを追ってソードテイルレオが付いてきてしまったことだ。
このままだと街まで追いかけてきてしまう。意を決して戦いに挑んだのだが、前衛組をあっさり無視して、切り札としていた弓使いがいの一番に気絶させられてしまう。
盾持ちの人とクルーさんがそれぞれ一体ずつを引きつけている間に残り一体を倒すという次点の作戦に切り替えたのだが、焦りもあって思ったようにダメージを与えられずにいたところに、ボクが飛び入りしてきたのだった。
「あのままだったら気絶させられた仲間は命を落としていただろう。本当にありがとう」
「なんのなんの。困った時はお互い様だよ。それで、あなたたちはこれからどうするの?」
「あいつが意識を取り戻し次第、急ぎペカトの街へ向かう。クルーの報告だけでも信じてもらえるとは思うが、砦の責任者からの書状を預かっているのは俺だからな。冒険者ギルドの方はともかく、街の兵士たちはこれを見なければ出立することはできないだろう」
と、懐から巻物を取り出してくれるリーダー。わざわざ見せてくれたのは彼らなりの誠意というところかな。
「こいつらはどうするの?普通は草原地帯から出てこないとなると、かなりのレアものだよね?放置しておくのは不味くない?」
「それは、そうなのだが……」
答えを言い淀むリーダー。人の背丈を軽々と超える大公の魔物が三体だ。解体するにしてもかなりの時間が必要となるだろう。その処理まで含めれば更に数倍になる。
他の人たちも気になるのかチラチラと倒したソードテイルレオを見ている。命がけの激戦を制してようやく倒した相手だからね。感情的にも、そしてパーティーの収支的にもできれば持ち帰っておきたいはずだ。
「それならボクがここに残るよ。街へ戻った時に回収してもらように依頼を出せばいい」
アイテムボックスを使用できれば簡単なのだけど、あれはスリーサイズに匹敵する極秘事項だからね。
「……いや、そこまでしてもらう訳には――」
「あのね、いくら人命は金に代えられないとしても、できればタダ働きは避けたいの。余計な依頼料が発生することになるけど、全部無駄になることを考えればはるかにマシでしょ」
そう、これはあくまでこちらの事情なのです。
「リーダー、ここは彼女に甘えるべきよ。正直、さっきの戦いで私たちの装備にもかなりの損害が出てる。砦に戻る前に最低限の整備は必要だわ」
「む……、そうか、そうだな」
仲間の一人、恐らくサブリーダー的な立ち位置なのだろう姐さんからも説得されて、リーダーはようやく頷いたのでした。
「迷惑をかけてばかりになるがよろしく頼む。今からなら夕暮れよりも前に回収を依頼する連中がやって来られるだろう」
そうして四半時ほど後のことだ。目覚めた仲間に肩を貸しながらリーダーが言う。
「了解。それにしても先に持って帰るのはあれだけでいいの?爪くらいなら持てる人がいるんじゃないの?」
尋ねるボクの視線の先にあったのは、お尻から切り取った剣状の尻尾だった。
「尻尾はソードテイルレオの一番のレア部位なんだ。実用性もさることながら、装飾品としての価値も高くて、貴族がこぞって買い求めるのさ」
一番の特徴的な部位なので、討伐証明にも使われるのだとか。なるほど、回収の依頼が嘘ではないと証建てるためにも絶対必要ということなのね。
魔物の討伐一つをとっても、色々と決まりごとがあるものなのだね。




