42 乱入します
美味しいお昼ご飯を食べて満腹満足したボクは、街道へと戻っていた。あ、もちろんついでに薬草類の採集は行っているよ。お野菜大事!なんか違う?あれ?
ドコープ連合国は現在四つの貴族家によって合同統治されている。とても大雑把に説明すると、それぞれの所領は東からウデイア、ルドマー、レドス、ガルデンと並んでいる。
結構珍しい形の国土分割だが、これは南の草原地帯からやって来る巨大魔物を撃退する負担が公平になるように、という話し合いの結果であるらしい。そしてそれぞれの領地には襲来した巨大魔物を撃退するための砦が設けられているとか。
現在ボクが向かっているのはウデイア領最南端の街ペカトなのだけれど、この街は砦に魔物が押し寄せてきた際には物資や食料を集積するための後方支援基地となるそうだ。
だから、国内でも有数の辺鄙な場所にあるにもかかわらず、街の施設は充実しているらしい。
「お風呂とまでは贅沢を言わないけれど、せめて盥いっぱいのお湯でしっかり身体の汚れを落としたいよ」
国境越えもあって、なんだかんだで野宿が続いていたからなあ……。ドコープ連合国は巨大魔物が襲来するその土地柄と、その対策で冒険者をたくさん誘致していることから野盗といった類は極めて少なく、寝床を木の上にするなど魔物にさえ注意しておけば案外楽に野宿も可能だったのだ。
当然、きれいな水辺を見つけては沐浴をしたり体を拭ったりはしていたのだけれど、どうしても屋外だと落ち着かないのだよね。
なお、運悪く遭遇した魔物たちはもれなく素材となり果てております。乙女の柔肌を盗み見るなど許されないことなので。
「んう?」
日差しもかなり西に傾いた頃のことだ。そろそろ街を取り囲む壁やら物見の尖塔が見えてくるのでは?とぴょんこぴょんこ飛び跳ねながら歩いていると、かすかに怒号のようなものが聞こえたような気がした。
慌てて立ち止まり耳を澄ませてみれば、キンカンゴンといった硬質な物同士を打ち付け合う音も拾える。
「誰かがなにかと戦っている?」
音の発生源は前方やや左手、いわゆる十一時の方向というやつだ。そのまま街道に沿って開けた場所まで駆けてみれば、なんとわずか百メートルほどの近さで冒険者らしき一団と魔物たちとの間で戦いが繰り広げられているではありませんか!?しかも敵味方入り乱れてのかなりの激戦だ。
タイミングの悪いことにそちらには丘や丈の長い草が密集している箇所が続いていたため、視界だけでなく音までもが遮られていたみたい。
「状況は……、冒険者側の方が不利っぽいかな」
四つ足の魔物三体に対して人間側は十人と数の上では圧倒的なのだが、先も言ったように既に戦線は崩れてしまい混戦となっている。その上魔物の体高は冒険者たちの五割増し以上とかなりの巨体だ。当然その力もサイズに相応な強いものと思われる。
「これは全滅もあり得るかも……」
そうなれば今度は街が襲われる可能性が高い。ここは助けに入るの一択だろう。
とはいえ、下手な場所に飛び込んでは援護どころかかえって邪魔になってしまう。こういう時こそしっかり戦況を見極めないと。
「あっちは仲間同士で連携が取れてるから大丈夫。そっちは……、うん。上手く注意を引いたまま時間稼ぎができてる。長くはもたないかもしれないけど、まだ大丈夫」
そうなると残る一体を相手にしているこっちが危ないか。攻勢に出る魔物をその場に止めているので一見すると問題なさそうなのだが、攻撃を仕掛ける仲間がいないのだ。その上逃げ回っている人に対してこちらは攻撃を盾で受け止めて続けている。体力の消耗具合は桁違いだろう。
「そうと決まれば、とっつげきー!」
アイテムボックスより煌龍爪牙を取り出しながらダッシュ!一気に戦場へと雪崩れ込むと、盾持ちの人をいたぶるように攻撃を繰り返している魔物の鼻面に斧刃を叩きつける。
「でえい!」
「ギャイン!?」
敏感な器官である鼻口部を深々と断ち割られて、魔物が大きく後退する。その隙に盾持ちの人の前へと躍り出るボク。
「突然割って入ってごめんね。邪魔なら撤退するけど?」
「い、いや。このまま手伝ってくれ。後ろに気絶しているやつがいて身動きが取れなったんだ。助かったぜ」
了承を貰えたのでこのまま本格的に参戦といきますか。もっとも、さっきの攻撃でこの魔物は戦意を喪失しているかもだけれど。
「ガウルルルルルルル……!」
「お、おおう!マジですか……」
喪失どころか傷をつけられて怒り狂っていらっしゃいました。いや、確かにあの一撃は全力全開ではなかったけれど、決して手を抜いたものでもなかったのだけれど。ボアローボアなら確実に命を落としていたはずだ。
「気をつけろよ!ソードテイルレオは尻尾が長い剣のような凶器になっているんだ。爪や牙ばかりに気を取られていると、死角から突き刺されるぞ!」
背後からの注意に改めて魔物を見やれば、ふさふさした鬣の向こうで、鋭く尖ったものがゆらゆらと揺れていた。
「ちょっと待ってよ!ソードテイルレオって草原地帯にいる魔物じゃなかった!?」
確かドワーフの村の長老の一人がそんなことを言っていたような気がする。なんでそんな危険生物がこんな街のすぐ近くにまで出張って来てるのかな?
「ええい、考えるのは後回し!今はこいつをやっつけないと!」
気持ちを新たにハルバードを握りしめると、槍穂の先をしっかりとソードテイルレオへと向ける。
幸いにも強襲によって深手を負ったことで慎重になっているのか、唸り声を発しながらも飛び掛かってくる様子はない。こっちは背後に盾持ちの人が、更にその後ろには気絶した人がいる。狡猾な魔物であれば彼らを先に狙うかもしれない。ここは積極的に前へ出るべきかも。
「なら、こちらから行く!」
ぐっと踏み込んで一瞬で距離を詰める。慌てたソードテイルレオは迎撃するのか、それとも逃げるのかで躊躇してしまった。
それはほんの一呼吸ほどの時間。もしも普通に走り寄ってくる相手であれば十分対応可能だったかもしれない。だけどボクは既に一足で眼前にまで迫っていたのだ。
「貫け【龍牙】!」
魔力を吸って太く大きくなった煌龍爪牙の槍穂が眉間に突き立てられ、そのまま頭蓋へと潜り込んでいく。
「ゴガ……」
時間をかけていては他の人たちも危うくなるかもしれない。そう思って出し惜しみはせずに大技を叩き込んだのだけれど……。オーバーキルだったかな?
一撃で脳を破壊されたそいつは、喉の奥から漏れ出た小さな声を残して即死したのだった。




