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40 西へ向かおう

 ハルバードのお披露目会改め大宴会からしばらく経ったある日、ついにドワーフの村からの旅立ちの時がやって来た。

 もっとも、その間にも色々ありまして。


「あの騒ぎですっかり言い忘れていたぜ。ハルバードの銘なんだが――」

「ああ、『煌龍爪牙』でしょう」

「なんで知ってんの!?」


 からの、はぐれドラゴンを撃退した時の不思議な体験を話し――前世云々は誤魔化した――たり、


「ぐわあ!?わ、わしの最高傑作の鎧があああ!?」

「ならば俺の盾、って真っ二つになってるうううう!?」

「ふわっはっはっはー。我が前に立ちふさがること(あた)わずー」


 ハルバードの試し斬りをしていただけのはずなのに、いつの間にか覇王様ごっこになっていたりと、話題には事欠かない毎日だったりはしたのだけれど、キリがない上に冗長になりそうだったのでバッサリ却下させていただきます。


「なんじゃい、エルネ様。もう行ってしまうのか?」

「さみしくなるねえ」


 うんうん。わざわざ見送りに来てくれたのは嬉しいけれど、サウナ上がりで涼んでいたおじさんやお姉さまたちは湯冷めしないうちに戻ろうね。


 そうそう、大浴場でたっぷりのお湯に浸かる気持ち良さを布教したところ、女性陣にお風呂ブームが巻き起こったりもしていたり。まあ、半分以上はユウハさんにばったり遭遇できるかもしれない、というのがその理由なのだけれど。

 それでもせっかくの好機なので、このままお風呂愛好家を増やしてもらいたいところだね。


「本当に行ってしまうの?旅なんて大変で苦労することばかりなのよ?」


 そのユウハさんですが、意外にもボクが旅立つと決めてからことあるごとに引き留めようとするようになっていた。そしてそれを窘めているのが、


「ユウハ様、若者の旅立ちに水を差すのは無粋ってものですよ」


 これまた意外なことにターホルさんとその弟子たちだった。


「やつらも若い頃にこの街から旅立って、外の世界で腕を磨いてきましたからのう。きっとその頃のことを思い出したのだろうて」

「ああ、そういえばこの街で職人となるには、別の街や村で修業を積んで名を上げることが必要なんだっけ。……それはともかく、そこは「代わりに俺たちがいます」とか「俺たちはどこにも行きませんから」とかアピールするところでしょうに」

「それができれば、あれほど(こじ)らせてはおりませんぞい」


 彼らの前途多難さにボクと長老たちは揃ってため息を吐いたのでした。


「ところで、次に向かうのは西方だと聞きましたが?」

「うん。西方諸国を適当にぐるりと一回りして、そのあと北方に向かうつもりだよ」


 あくまで今のところの予定だけれどね。とはいえ、西方諸国は『野薔薇姫物語』シリーズの、北方のコルキウトス帝国は『グラシオス冒険記』のそれぞれ舞台となっている土地だ。主にママンやパパンたちからのプレッシャー的な問題で、旅をするなら絶対に一度は足を運んでおく必要があった。

 あと、もしもハルバードの調子が悪くなった時にはすぐにドワーフの村へと戻ることができるように、という思惑もあったりするのだけれど、これは職人の皆を侮っているとも思われかねないので秘密です。


「山脈の内側のドラゴン様方が冒険譚を好んでいるという話はユウハ様から噂程度には聞いておりましたが……。本当のことだったのですなあ」

「こういうの『聖地巡礼』っていうんだっけ?あ、これはあっちの言葉か」


 謎も多い「お母さん語録」の一つだったかな。あれにはミル姉たちも毎度頭の上に???(ハテナマーク)を浮かべていたものだよ。

 こちらの世界では『聖地』が実在しているようだし、不敬だと怒られないように注意しなくては。聞こえなかったことにしてくれている長老たちには感謝だね。


「西方諸国では近年再統一の機運が高まっているという噂も聞こえてきますじゃ。エルネ様であればそう危険はないとは思いますがの、ご用心くだされ」


 かつては『ロザルォド大王国』が栄えた西方も、現在では四つの国に分裂しているそうだ。

 更に『ホーリーベルト』と呼ばれる聖神教が実効支配する地域が壁になることで、外乱だったコルキウトス帝国との戦いも長きにわたって発生しておらず、近年では四か国による内輪揉めのような状態が続いているらしい。


「かつての崇高な騎士の精神も今ではどこへやら。目的のためならば手段は問わないような連中や、勝てば何をしてもかまわないと考える卑劣なやからもおりますからなあ」


 案外『野薔薇姫物語』に登場する悪役たちは、現在の世情を反映しているのかも。

 そして搦め手で攻められると、単純に力で粉砕!とはいかなくなる可能性も高い。人質を取られたりでもしたら厄介以外の何物でもないよ。


「うん。油断しないようにする」


 この前のピンチも結局はそこに行き着くからねえ。ボクは反省を活かすこともできれば、忠告を聞き入れることもできる良い子なのです。

 さて、あとはぐずり続けている駄々っ子を宥めてあげないと。


「ユウハさん」

「エルネ……、ひゃっ!?」

「ありがとね。ユウハさんが見つけてくれたからボクはここに来ることができたし、ボクだけの武器(ちから)を手に入れることもできたよ」

「……それはこちらの台詞よ。エルネがいてくれたから、私は大切なこの街を守ることができたわ。本当に、ありがとう」


 抱き着いて気持ちを伝えれば、彼女の方からもおずおずと抱きしめ返してくれる。

 うんうん。ユウハさんはもっと想いを外に出すべきだね。きっとその方が皆喜ぶよ。そんなことを耳元でこしょっと囁いてから身をひるがえさせる。


「それじゃあ、そろそろ行くね」


 湿っぽいのは性に合わない。ことさら明るく集まってくれた人たちに告げると、たたっと助走をつけて空へと飛び立つ。


「あっ!?こら、エルネ!まだ別れの言葉を!」

「お嬢!?言い逃げかよ!?」


 下から非難めいた声が聞こえるけど気にしませーん。


「あはは!バイバーイ!またきっと顔を見せに来るからー。その時まで皆元気でねー!」


 そのまま大空へと舞い上がって……。


「さっむ!?」


 しまった!訓練の時の癖で〔遮断結界〕を使うのを忘れていたよ!?急いで魔力の膜を作って保温に努める。

 あ、危なかった。飛び出して一分も経たないうちに引き返す羽目になるところだったよ……。気を取り直して一路西へと進路をとる。


 そんなこんなでボクの二度目の旅立ちは微妙に締まらないものとなったのでした。


これにて第二章も完結です。

まだまだ準備段階といった調子でしたが、いかがだったでしょうか?よろしければ感想なども頂けると、とっても励みになります。


さて、次章からはいよいよ人里に降りての冒険となります。が、ストックが少なくなってきたので、一日一回の更新に切り替えます。更新時間は18:00です。


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