39 大事になってる?
訓練をしては汗と雪で濡れ鼠になって寒さにヒイヒイ半泣きで大浴場に向かう。そんな生活を繰り返していたある日、ついに待望のハルバードが完成したという連絡が入った。
ついてはお披露目会をするから、いついつのどこどこに来て欲しいと言われた場所にやって来てみれば……。
「会場広すぎない?人多過ぎじゃない?」
なんと居住区にある広場、その中でも一番大きい中央広場がそのお披露目会場となっていたのだ。
てっきりそこで待ち合わせた後に、ターホルさんの工房か長老たちの屋敷にでも移動するものだとばかりに考えていたのですっかり面食らってしまったよ。
既に広場には老若男女たくさんのドワーフたちが集まっており、始まるのを今か今かと待ちわびている。そんな一団がいるかと思えば、ジョッキ片手に既にでき上がりつつある酒飲みな連中がいたり、子どもたちに串焼きをねだられているお父さんやお母さん方がいたりと、かなりカオスなことになっている。
あ、串焼きやお酒は会場後方の特設屋台街で購入することができるようになっております。
「もはやお祭り状態……」
「大山脈の中腹という土地柄、イベントごとがあまりない街だから」
と答えてくれたのは貴賓として隣に座るユウハさんだ。先日の件で考えを改めたのか、それとも長老たちからの依頼を断り切れなかったのかは分からないが、こうして街の行事に参加するのは良い傾向だと思うよ。
そして、規模が大きいので忘れがちになってしまうけれど、ドワーフの村は世間一般では特殊な隠れ里的な扱いとなっているそうだからねえ。率先して隠蔽している訳ではないとはいえ、できるだけ住民全体で騒ぐような大々的なイベントを避けようとする慣習があるのかもしれない。
更に直接やって来て商売を許されているのは、ユウハさんを除く数体のドラゴン――基本的にその行商たちと一緒に周辺各地を巡っているそうだ――たちに認められた者たちだけ。どうしても代わり映えの少ない毎日になってしまうということみたい。
「すみませんのう。あれでターホルは現役鍛冶師の中でも頭一つ飛び出る腕の持ち主。皆その出来栄えを期待しておりますのじゃ」
「しかも今回は目玉が盛りだくさんとあって一層の盛り上がりとなっているようですなあ」
「使い手がエルネ様であることに始まり、メテオライトとルナストーンという最高峰金属を使用し、更にはその二つを混ぜ合わせるための触媒としてエルネ様自らその血を提供してくださいましたから」
解説してくれる長老たちの顔も、わくわくが止まらないのか普段よりも若々しく見えてしまう。うん。まあ、楽しそうで何よりだよ。
それにしてもドワーフたちの中でボクの評価がやけに高くなっているのが気にかかる。後で失望されたりしないといいのだけれど。
などと半分現実逃避をしていると、ようやくもう一組の主役たちも会場へと姿を現す。ハルバードも何かしらの台に乗せられ、その上から真っ白な布が掛けられているね。
おや?ターホルさんたちもさすがに今日は正装だ、ってうわあ……。はた目からでも緊張でカチンコチンになっているのが見て取れるよ。
もっとも、その一番の原因はボクの隣に座っているユウハさんなのだろうけれど。憧れの人の前で成果発表とか、立場上仕方がないとはいえ精神的にキツそうだわ……。体調に問題がなさそうなことだけが救いかな。
実はこのお披露目会、ハルバードの完成直後に開催しようという案もあったのだけれど、ターホルさんたちの体力を鑑みて延期してもらっていたのだ。
この辺りは長老経由の人伝になるので正確なところは分からないのだけれど、ハルバードの製作にはターホルさんを始め弟子を含む工房の全員が命を削る覚悟で臨んでくれたらしい。完成直後などは疲労困憊でひどい有様だったとか。
多分、かなりの無茶をしたのだと思う。思わず小言を言いたくなってしまうけれど、職人の矜持や意地もあるからなあ。死なないで、という約束を守ってくれたのだと好意的に受け止めるしかないだろうね。
ともあれ、少しくらい対面するまでの時間が伸びても問題ないので、彼らの回復を優先してもらったのだった。……まさかその分お披露目会の規模が増大することになるとは思ってもいなかったよ。
予想外なことがありながらも、お披露目会自体は何事もなく進行していった。長老たちも厳めしく大地への賛辞を述べたり、ターホルさんたちに労いの言葉を述べたりと、とっても長老らしい態度だった。
そして、ついにハルバードのかけられた布が取り払われる時が来た。
「エルネ様、お願いしますぞ」
「うん?ターホルさんじゃなくて、ボクでいいの?」
「もちろんだ。それはお嬢のために作ったお嬢のための武器だぜ」
皆の言葉に後押しされて、ハルバードが置かれた台座の正面へ向かう。初対面のはずなのにどこか懐かしいように感じるのは、ボクの血が用いられたためなのか、それともあの不思議な出来事のせいなのか。
かぶせられている布を掴みそっと引いてみれば、そのままするすると落ちていく。
現れたのは一見何の変哲もないハルバードだった。誰かのカスタム武器のように柄が短くなったり槍穂が長く剣のようになったりもしていない。
強いて変わっている点を挙げるならば、柄の部分まで金属製ということだろうか。その柄と武装の一部だけがほんのりと赤く色づいていた。
「ほら、持ってみてくれ」
「う、うん……」
掬い上げるように掴めば、その姿が見えたのか会場のあちらこちらからから息をのむ音や小さく感嘆の声が聞こえてくる。その気持ちはとてもよく理解できるよ。艶消しで金属光沢が弱められた表面は吸い込まれてしまいそうな深みを感じるもの。
しかしそれはまだ序の口だった。本当に驚きだったのはその感触だ。リグラウのハルバードも吸い付くような感覚があったけれど、これはそれ以上だよ。指を曲げて握らなくても掌で触れているだけで持ててしまえるのではないか、そんなあり得ない錯覚すら覚えそうになる。
「これは……、すごいね。正直に言って想像以上だよ」
「気に入ってもらえたか?」
「気に入ったなんてものじゃない。間違いなくこの子はボクの半身だよ」
「……そうか。お嬢にそこまで行ってもらえるなら、精魂込めた甲斐もあったってものだぜ」
自信はあっても不安は付きまとっていたのだろう。ボクが微笑みながら満足だと伝えたことで、ターホルさんたちはようやく肩の力が抜けたようだ。
「実際の使い心地といった面がまだ残ってはいるが、ひとまずはよくぞ難題を成し遂げたターホルに惜しみない賛辞を贈ろう」
長老の締めの言葉に会場中から盛大な歓声が沸き上がったのでした。
え?この後どうなったのか?
……ドワーフだよ?祝い事だよ?これ以上の何を語りましょうや。飲めや騒げやの大宴会となって、お酒の貯蔵庫の一棟が空っぽになりましたとさ。




