38 失敗から学び、活かす
ボクがはぐれドラゴンを撃退したり、食堂でもりもりご飯を食べたりしていた一方で、ターホルさんたちはハルバードの製作に精を出していた。
触媒となる血を提供したことで、なし崩し的に作業が始まってしまったことに心配をしていたのだけれど、長老たちからの話では割とよくあることらしい。
「レアな素材が必要になるのは腕の良い職人の常ですからのう」
「安定して手に入る一般的な素材とは違って、いつ何時入手できるかは分かったものではないのですじゃ」
「だから一流と呼ばれる者たちは、常に作業に入れるように体調管理を万全にしているものなのです」
……ターホルさんが前日までスランプとストレスで不調になっていたことは、言わない方が良さそうだわね。こちらを気遣って、知っていてもあえて触れなかったのかもしれないし。
まあ、ハルバードに関してはもうボクにできることはないから、後は信じてお任せするより他ない。それに、ボクはボクでやることができてしまった。
「うっひゃあ!?さあっむうううい!?」
今日も今日とてドワーフの村の上空へと飛び上がる。本日のお天気は曇り時々晴れ。雲の合間から時折お日様が顔を覗かせているね。
が、例え日差しがあろうとも高山なのでとても寒い!なぜなら今のボクはあえて〔遮断結界〕を使用していないからだ。
先日の一件で、常にコンディションが良い状態で戦いになるとは限らない、ということを痛感させられた。もちろん体調をベストな状態で維持し続けることは大事だし、これを怠っているようではお話にならない。
しかし、世の中には不測の事態とか例外とかがつきものなのだ。あのはぐれドラゴンの襲撃だって、あの日あの時間でさえなければ、間違いなく余裕をもって撃退することができていた。
「調子が悪いからと言って、戦いを避けられる訳ではないものね」
だから、そうなっても対応できるようにならなくては。その訓練として、極寒にあえて身体を晒すことで動きが鈍くなった状態を再現しようとしているのでした。
余談だけど、吹雪の時はあかんです。ヤバいです。寒さだけでなく視界が遮られることで方向感覚もおかしくなってしまい、あわや本気で遭難しそうになってしまったよ。
「おっ?エルネ様じゃ!今日もやっとるみたいじゃのお!」
呼ばれた気がして下を見てみれば、ある建物から半裸のほかほかドワーフさんたちがぞろぞろと現れてくるではありませんか。
実はあの建物、最下層にあるサウナ施設へと繋がっているのだ。元々は緊急時の避難経路として設けられたものだったらしいのだが、今では涼を得るための外へ出る通路として普通に使用されているのだとか。
まだ昼前の時間なのだけれどねえ。職人の中には一度集中してしまうと寝食を忘れて作業に没頭してしまう人も少なくないそうで。苦笑を噛み殺しながら手を振れば、「がんばれよ」という応援の声とともに振り返してくれるのだった。
いやはやこの前の一人大食い選手権以来、ユウハさんと一緒にはぐれドラゴンを撃退したこともあってなのか、ボクの顔と名前はすっかり街中に広まってしまったようで。こうして見かけたりすれ違ったりするたびに、気さくに声をかけてくれるようになったのだよね。
ありがたい反面気恥ずかしくもある。特にサウナ上がりの半裸とか、うら若い乙女としてはとっても反応に困ってしまう訳でして。おじさん連中だけではなく女性陣も同じくだからさ……。「お姉さん、もっと恥じらいをもって!?」と何回心の中で叫んだことか。
おっと、そろそろ訓練に集中しないと。幸か不幸か体が冷えていい感じ?に動きも鈍くなってきているね。
「やっ、とっ、っふうん!」
まずは準備運動とばかりに空中で前後左右に細かく移動して具合を確かめ、それからイメージした敵の動きをスウェイやトンボをきることでかわしていく。仮想敵は先日戦ったはぐれドラゴンたち。クレナさんやアオイさんでは、鈍った体で対処することはできなかったのだ。
「うーん……。今でも反応はできているけど、もっと素早くコンパクトにしないと攻撃に転じるのは難しそうかな。いっそのこと後の先を狙うのもあり?」
ただ、前世では遊撃中心の役割だったこともあって、自分から仕掛けていく方が性に合っているのだよね……。仲間とであればともかく、敵の呼吸に合わせて動くというのはどうにも苦手だ。
「でも、いつまでもそうは言っていられないか」
夢現の中で聞いた声も、ボクを「ドラゴニュートのエルネ」だと言っていた。あれはボクの独り立ちを喜んでくれている一方で、この世界にはもう頼りになったあの頃の仲間たちはいない、そういうことなのだと思う。
「……ちょっとだけ、寂しいかな」
これではドワーフたちと距離を取っていたユウハさんのことをどうこう言えないね。ドラゴンたちが世界の覇者になることなく山脈の内側に引きこもっているのは、案外そういう他種族との寿命の違いからくる別れに耐え切れなかったからなのかもしれない。
まあ、一番の理由は「世界を支配するなんて面倒くさい」からだろうけれど。
だめだめ。このままだとネガティブな思考に飲み込まれちゃう。
ぶんぶんと頭を振って余計な考えを吹き飛ばす。寒さで体の動きが悪くなっているのだ。訓練に集中しないと、思わぬ怪我をしたり事故を起こしたりしてしまう。
「あ、地上で戦う練習もしておかなくちゃ」
外の世界では空を飛べる人なんてほとんどいないようだからねえ。悪目立ちをしないように基本的には地上で戦うようにしないといけないだろう。
そうなると街から街への移動も歩きということになるのかな?……まあ、いいや。その辺りのことはその時になってから考えるとしよう。
まずは今やれる戦闘訓練からだ。羽から力を抜く要領ですぃーっと下降して雪の上へと着地。
「うにょわ!?」
できたと思ったのも束の間、ズボッと腰近くにまで雪の中に埋まってしまった。足を抜くのはそもそも深すぎて無理だ。
「うひぃ!?お尻が凍えちゃう!?」
ならばと尻尾を動かしてみたのが大失敗だった。尻尾を出すための服のわずかな隙間から雪が入り込んできたのだ。
「これはこれで足腰の鍛錬になるかもしれないけど、動くのもままならないから戦闘訓練には向いていないかな……」
結局、下半身をずぶぬれにしてしまったボクは訓練を続けることもままならず、くしゃみを繰り返しながら地下最下層の大浴場へと直行することになったのでした。




