37 エネルギー補給中
「はぐはぐもきゅもきゅむしゃむしゃごくん!……おかわり!」
食堂――当然のように酒場兼用です――に元気いっぱいなボクの声が響く。同時に周りを取り囲むようにしていた観衆から「うおおっ!」と歓声が上がる。まあ、ボクのような絶世の美少女が数十人分のご飯を次々に平らげていっているのだからさもありなん。
既にテーブルの上には食べ終えた大皿や深皿が山のように積み重なっていた。
「はいよ、お待ちどうさま!」
ボクに負けないどころかそれ以上の大きな声と一緒に、おばちゃんが鍋に入ったままのシチューを持ってくると、次々に深皿へとよそって並べてくれる。「いただきます!」と言いながらさっそく一皿目に手を伸ばす。
「ハイランドゴートのミルクで作った自慢の逸品だよ。ちょいとばかりチーズを入れてごらん。蕩けだしたところをパンに絡めるとまた違った味わいになるよ」
「それ絶対美味しいやつ!」
言われた通りにチーズの塊の端っこをナイフで削ってシチューへ投入し、しばらく待ってからシチューごとパンに絡めていく。
「ふおおっ!シチューをまとった黒パンのなんと神々しいことか!まるで純白のヴェールをかぶったドワーフの花嫁さんみたいだよ!」
ドワーフという種族は男女ともに褐色や浅黒い肌をしているのだよね。これは何世代にも渡って炉仕事を続けてきたせいだ、なんて言われているよ。
「あっはっはっは!さすがにそいつは言い過ぎってもんだよ、エルネ様」
「そうそう。うちのカカアなんて若い時でもそれほど綺麗じゃなかったぜ!」
「そいつはお前さんの腕が悪かったからだろうよ」
「なんだとお!?」
ボクの台詞におばちゃんだけでなく観衆たちからも軽口が飛び交う。
ちなみに、ドワーフには花嫁のヴェールを婿となる男性が手作りするという伝統文化があるとかないとか。
そんな和気藹々としたボクたちに呆れた顔を向けるている人が。
大きな丸テーブルの向こう側に座っているユウハさんだ。
「……その体のどこにそれだけの食べ物が入っていくのかしら?謎だわ」
「食べないと、もきゅもぐ。体力が、ごくん。回復しないもん」
「私が言いたいのはそういうことじゃ……、もういいわ。それと行儀が悪いから食べながら話さないように」
なんか諦められてしまった?
ガビン!?とショックを受けながらも、エネルギーを求める欲求には逆らうことができずに食事へと舞い戻るボクなのでした。
さて、へばりかけの轟沈寸前ながらも二体のはぐれドラゴンを見事に撃退した――ここ重要!――ボクを墜落死から救ってくれたのは、同じくはぐれドラゴンたちとの戦いを繰り広げていたはずのユウハさんだった。
正確には、ちょうどあちらも片付いた時に視界の外れに落下していくボクの姿が見えて、慌てて助けに来てくれたのだそうだ。
そして血が足りずに体力の回復もままならないと知り、急いでドワーフの村へと帰還して、更にはその足でこの食堂にまで運んでくれたのだった。……無茶をするなという、お小言付きだったけれど。
余談ですが、彼女が助けてくれた時にはもう煌龍爪牙は影も形もなかったそうです。
「あの、ユウハ様も一皿いかがでしょうか?」
ボクの時とは打って変わって、おばちゃんがしおらしい声音で尋ねている。さっきまで騒がしかった観衆もいつの間にか静かになっている?
「……そうね。せっかくだからいただくわ」
「はい!すぐにお注ぎしますねえ!」
ほんの少し悩んでみせた後に彼女が首を縦に振ると、わっと喜びが爆発する。
お店の食材を食べ尽くす勢いだというのにボクが歓待されていたのは、ユウハさんが一緒だったためだったりするのよね。
もちろん街に迫ったはぐれドラゴンを追い払ったことや、切断した灰色ドラゴンの尻尾を丸ごと食材として提供したこともあるのだけれど、一番の理由は彼女だった。
それというのも、最近のユウハさんは普段ドワーフたちから距離を取って暮らしていて、ほとんど接触する機会がなかったらしいのだ。しかし、対するドワーフたちは疎遠になるどころか街を守護してくれている存在として、世代が変わっても彼女のことを尊敬崇拝し続けていた。
そんな状況だったから、ボクの付き添いとはいえこうしてお店に訪れてくれたというだけで、「末代までの誉れじゃー!」と言わんばかりにお店の人たちは大張り切りの大盛り上がりとなってしまった、という訳。
「こんなに喜んでくれるんだから、もっと顔を見せてあげればいいのに」
「……そんな簡単な話ではないのよ」
ふっと一瞬だけだったが、寂しそうな表情を浮かべるユウハさん。
ドラゴンは長命だからね。もしかすると悲しい別れを何度も何度も繰り返してきたのかもしれない。かくいうボクもここに骨を埋めるつもりはないし、あとは当事者同士でなんとなくいい感じにまとまることを祈るのみだわね。
「それにしても、エルネがいてくれて本当に助かったわ。ありがとう」
「いいよ、お礼なんて。ボクとしてもあいつらに暴れられるのは迷惑だったし」
それこそ、ハルバードの製作が失敗していた可能性も決して低いとは言えなかった訳で。あとはまあ、はぐれドラゴンが集団で逃げ出してきた原因の何割かはボクにもありそうだからね……。
なお、ユウハさんも「今回ばかりは腸が煮えくり返った」とのことで、これまでのように単に力の差を見せつけるだけではなく、相当痛い目に合わせたみたい。
「エルネが追い払ってくれた二体も、方や尻尾を切断されて、方や翼から背中にかけて深手を負わされていたから、二度とこちらに手を出そうなんて考えないでしょうね」
「そう言ってもらえると、倒れる直前まで頑張った甲斐があるよ」
こうして美味しいものをお腹いっぱいに食べることもできていることだしね。うまうま。
食事で思い出した。食材として街に提供した灰色ドラゴンの尻尾ですが、後日街の人たちに焼いて振舞われることが決定していたりします。
ボクに敗北したことで鱗や骨同様に素材としての価値はほとんどなくなってしまっているのだけれど、食べる分には何の問題もないという話だった。むしろドラゴンのお肉はかなり美味しい部類に入るらしいよ。
外の世界では仮に倒せても素材として使用が優先されるため、食せることのない幻の超々レアな食材という扱いになっているそうだ。
……じゅるり。頼めば一口だけでももらえないかな?
〇ハイランドゴート(高地山羊)
名前の通り高地でも生息できる山羊。ドワーフの村では街をあげて育成に力を入れている。食用に乳や肉が使えるのはもちろん、きめ細かい体毛は高級繊維として取引されており、武具や細工物などと共に外貨獲得の大きな柱となっている。




