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36 怒りを力に?

 手にしたハルバードから溢れるほどの力が(みなぎ)ってくる、ようなことはなく。相変わらず体力は枯渇寸前だし、灰色ドラゴンの翼に弾かれて錐もみ状態で落下したから気分は最悪だ。


 だけど今のボクはやる気にだけは満ち満ちていた。むしろ()る気かもしれない。主に美味しいものを独占しているお母さんたちへの怒りによって。


「ミル姉とネイ姉へのツッコミからカレーとカツは確定よね?ということはカツカレー!?いや、待って。お母さんは出汁の風味とも言っていた。あと、うどん。……ということは、カツカレーうどん!?なにそれ、新作じゃないのさ!ボクも食べたい!!」


 衝撃の事実の発覚に、思わずムッキャー!と地団駄を踏んでしまう。雪の上なのでボスボス鳴っただけだけれど。


「くううう……。この怒りと恨み、発散せずにはいられない……!」


 ゆらりと緩慢な動きで空を見上げる。満身創痍なボクから立ち上る怒気に、二体のドラゴンが怖気づいたように見えた。


「ふっふっふ……。最後通牒を無視したのはそっちだからね。今更怯えてももう遅い」


 ブオン!とハルバードを振るえば、地面の雪が舞い上がりキラキラと太陽の光を反射する。


「グ、グゴ、ギュリュアアアアア!!」


 荘厳で可憐な雰囲気をまとうボクという存在の圧に耐え切れなくなったのか、灰色ドラゴンが奇声を発しながら急降下してくる。だけど、隠形からの不意討ちを得意とするやつが真っ直ぐ突撃するとかふざけているとしか言いようがない。

 せめて二体で共闘するという考えが浮かべば、この後の展開も違ったものになったのかもしれないね。


「でえい!」


 振り下ろされる右腕に合わせるように、両手で持ったハルバードを大上段から振るう。


 ガギィン!!


「グオッ!?」


 真正面からのぶつかり合いを制したのはこちらの方だった。

 速度が乗ったドラゴンの攻撃は通用せず、振り下ろしたはずの右腕は上方へと弾かれていた。その衝撃を流すことができずにたたらを踏むように空中で後退る。さて、その爪が二本ばかりへし折られていることに気が付くのはいつになるでしょうかね?


「続けていくよ!」


 グンッと足と羽に力を込めて無防備になている敵の懐へと飛び込む。こんな絶好の機会、逃すことなんてできやしない。


「たっ、はっ、てい!……おまけの一発!」

「ゲギュアアアアアアアアア!?」


 槍穂で突き、鉤で引っ掻き、石突きで叩き、斧刃で割り砕く。腹側は比較的鱗が薄いこともあって、灰色ドラゴンはボクの連撃であっという間にズタボロになっていった。

 たまらず反転して逃げようとし始める。まあ、数頼みの連中なんて所詮(しょせん)はこんなものか。

 しかし、これくらいで許してやる訳にはいかない。二度と山脈を超えて外の世界に出てこられないくらいに、敗北と弱者を証をしっかりとその身に刻み付けてやらなければ!


「知ってた?尻尾を斬り落とすのは大物討伐の基本なんだって、さ!」


 もたつく背中に追いつくなんて、体力が激減していても造作もないことだ。ひょいっと付け根近くに飛び乗ると、真下の尻尾に向かって斧刃を全力で叩きつける!


 ザグッ!ブヅン!!


「ギョオオオオオウウウウオオオオオ!?!?」

「うわお!?」


 ボク自身予想外な展開に驚いてしまい、痛みに暴れる灰色ドラゴンから投げ出されてしまう。

 一撃?たった一撃で尻尾が斬れた!?ボクの肩幅の二倍以上もの太さがあったのだけれど!?


 しかし間違いなく地面にはあいつの尻尾がドデンと落下していて、逃げ去っていく後ろ姿はとても不格好なものとなっていた。


「体力が尽きかけているのにあの威力?これもう、凄まじいとかいうレベルじゃないよ。……のわっ!?」


 体勢を立て直して空中に留まると、まじまじとハルバードを眺め、ようとしたところに横槍が入る。淀み沼色のドラゴンが仕掛けてきたのだ。


「わっ?おおう?やっ、と。……仲間がやられてようやく危機感が湧いてきたの?でもスイッチが入るのが遅過ぎ。せっかく数で有利だったのに、それもなくなっちゃたんだからさ」


 もしも二体同時に襲い掛かられていたら、体力がない今のボクでは(さば)ききれなかったかもしれない。まあ、連携も何もあったものではなかったから、同士討ちを狙えた可能性も無きにしも非ずというやつなのだけれど。

 それでも一体ずつ攻略していくよりは間違いなく苦戦したはずだ。こいつが選択を誤ってくれて良かったよ。


「残る懸念はボクの体力の残量、ってとこかな」


 いつゼロになってもおかしくない状態だ。ほぼ気力だけで立っているというのが正直なところで、その気力を維持し続けるのにも限界がある。

 せめてカツカレーうどんを食べることができていれば……!


「あ、思い出したら怒りも再び?」


 食べ物の恨みは恐ろしいのです。いや、今はボクが恨んでいる側なのだけどさ。


「いっくぞー!」


 少しばかり回復した気力を糧にして突撃する。だが、ここにきてついにこちらが限界寸前だと見抜いたのか、淀み沼色ドラゴンはまともに取り合おうとはしない。それだけの頭脳と思考を、どうしてもっと早くから活用しようとしないのか……。はぐれな上に残念ドラゴンだわ。

 まあ、ハルバードのチート級な威力を怖がっているというのもありそうだけれどね。回避の仕方が明らかに過剰なのよ。

 ……そっちがそういうつもりなら。


「うにゅっ!……うりゃ!はあ、はあ。……そおい!」


 ハルバードの動きがだんだんと大振りで荒いものへとなっていく。制止も覚束なくなっていて、もはや振り回されていると言う方が適切なほどとなっていた。


「はあ、はあ、ふう、んっく。はあ、はあ……」


 そしてついに動きが止まる。

 荒い呼吸をするたびに肩が大きく上下する。喉の奥からせり上がってくる苦いものを無理矢理に飲み下す。

 腕が重い。なんとかハルバードを掴んで構えてはいるけれど、あとどれだけ動かせるかしらん。今にも意識が途切れて瞼を閉じてしまいそうだ。


「グガアアア……!」


 暗くなりつつある視界の中で、やつが(わら)ったように見えた。

 迫りくる顎、開かれた口内に並ぶ牙は乙女の柔肌を簡単に食いちぎってしまえそう。


「残念でした。……お、おおお?」


 いつかのように羽の力を抜いて自然落下することで噛みつきを回避する。が、想定外にもその風圧を受け流すだけの力も残っておらずに吹き飛ばされてしまう。


「ぴょ、よ、よ、よ、よおおお。……お、おお!?」


 ぐるぐると上下前後左右も分からないまま飛ばされて、気が付けば淀み沼色ドラゴンの背後に回り込んでいた。はてさて、これは幸運なのか?それともハルバードが導いてくれたのか?

 どちらにせよ、これが最後の好機だ。逃す訳にはいかない。


「引き裂け【龍爪】!」


 閃くように浮かんだ言葉を叫べば、斧刃の反対側に伸びる鉤が巨大化し、更に五つに増えた。まさにドラゴンの剛爪。


「てええええええええええええいっ!!」


 全部持って行けとばかりにお腹の底から大声を出してハルバードを振り抜く。


「ガグゴギョオオオオオオオオオオオ!?!?」


 淀み沼色ドラゴンには右の翼から背中、そして尻尾の根元にかけて五条の赤い線が深々と刻まれていた。


「うあー、今のボクじゃあれで精一杯だわー……」


 背中の激痛に我を忘れたように飛び去って行く姿を見送りながら、ボクは独り言ちる。全力であればドラゴンでさえも仕留められるだけの一撃になっていたはずだ。

 まあ、ドワーフの村に被害が出ることなく撃退できたのだから目的は達成だわね。


 ……えーと、落下を止められるだけの力も残っていないのはどうしましょうかね?


〇特殊な闘技

 闘技は基本的に使用する本人が習得するものですが、中には武器に由来するものなど特殊なものが存在しています。

 

 今話の最後でエルネが使用した【龍爪】も、彼女が煌龍爪牙を持つことで初めて可能になる技です。


 固有必殺技がある武器はロマンですぜ!!

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