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34 恩の返済はお早めに

 街の、というか洞窟の入り口付近は既に大勢のドワーフたち――それぞれ片手で数えられるくらいの少数だけれど、他の種族の人たちもいた――でごった返していた。いやはや、この人数だけでも並みの村をはるかに凌駕しているよ。つくづく『ドワーフの村』という名前は詐欺だと思う。

 まあ、それはともかくとして。集まっていた中に顔見知りはいなかったものの、長老たちの世話役を務める人たちがいて詳しい事情を聴くことができた。ボクの容姿を伝えておいてくれた長老たち、グッジョブ!


 彼らの話によれば、山脈の内側からたくさんのドラゴンがやって来ているらしいというのだ。

 いち早くその気配を感じ取ったユウハさんが急いで対処に向かったのだけれど、その様子があまりにも慌ただしかったことから、不安になった人たちが集まってきてしまった、ということらしい。


「具体的な数って分かったりするかな?」

「ユウハ様もはっきりとした数は分からなかったようですが、十に近い数だと言い残されたとか」


 十中八九はぐれドラゴンだろうけれど、それにしても数が多い。まるで悪魔に唆されて集落にやってきた連中のような……。


「と言うか、まさしくあいつらじゃないかな?」


 はぐれドラゴンたちはあの襲撃失敗以降、特にフェルペ撃退後は集落の警備担当ドラゴンたちからことあるごとに追い回されていた。クレナさんやアオイさんも、若手を鍛え直すかたわらで見かけたら小突き回していると言っていたくらいだ。


「とうとう耐え切れなくなって、山脈の外に逃げ出してきたのかも」


 フェルペの一件で冒険譚以外にも少しは外の世界に関心を持ち始めた集落の皆(ドラゴンたち)だけれど、まだまだ薄いと言わざるを得ない。一応は同族ということもあって、はぐれドラゴンたちの行動に対しても「逃げるのであれば好きにすればいい」と放置した可能性は高い。


「それにしても、ユウハさんの守護領域(テリトリー)にわざわざ向かってくるとか……。おバカなのかな?」

「今のエルネ様のお考えの通りだとすれば、数を頼りにユウハ様に一泡吹かそうと企んでいるのかもしれません」


 独り言に近いボクの呟きを拾った世話役が震える声で言う。


「はぐれドラゴンはこれまでに何度もこの街を襲おうとして、そのたびにユウハ様たちに追い払われていましたから。恐らくはユウハ様を足止めしておいて、残った一体か二体でここを襲おうとしているのではないかと……」


 予想を語ってくれた彼の顔は真っ青になっていた。つまり、ユウハさん本人には勝てなくても彼女の大切にしている場所を踏みにじることでたまった不満を解消しようということか。性根の曲がったあいつらなら、確かにやらかしそうだ。


「あの連中なら外の世界に出ていく景気付け、くらいに考えていてもおかしくはないね」


 自己中な上に享楽主義的な社会逸脱者どもだから。

 そして、残念ながらボクたちの予想は的中してしまう。久しぶりに澄み渡った青空に黒い点が浮かんで見えたのだ。それはインクが滲んでいくかのように大きくなっていき、あっという間にドラゴンの姿形が判別できるほどになっていった。


 その光景に集まっていた人たちのざわめきが大きくなる。それでもパニックにならないあたり、ユウハさんへの信頼度の高さがうかがえるというものだね。

 しかしまあ、なんとも間の悪いことだよ。


「世話役さん、一応皆を避難させておいてくれるかな?」

「エルネ様?もしや助けていただけるのですか!?」

「色々とお世話になっているからね。被害が出ないように気を配るつもりだけど、絶対に大丈夫とは言い切れないから避難の誘導をお願いします」

「承りました。どうかお気をつけて。……それと、ありがとうございます」

「ふふふ。お礼はちょっと気が早いと思うよ。それじゃあ、行ってくる」


 たたっと駆け足で人垣を抜けると、背中の羽に力を込めながら飛び上がる。


「にゅぐっ……!」


 サーッと目の前が暗くなりふらつきそうになるのを必死に耐える。ここでよろめいては皆の不安が増すことになる。もう少し、あともう少しと唇をかみしめながら高度を上げていく。

 気が付けば不躾(ぶしつけ)な侵入者はもう目の前にまで迫っていた。


「……グゴオオオ!」

「あー、苛立って唸り声をあげているところ悪いけど、……だれ?」

「ウグルゥアアアアア!!」


 問いかけたら吠えられました。うるさい。

 別に煽っている訳ではないのだけれどなあ。集落にやって来たやつだということはなんとなく分かるが、その中のどの個体だったのかまでは正直に言って見分けがつかなかったのだ。

 辛うじて分かるのは、初ブレスを命中させた隠遁能力がある灰色のドラゴンくらいかな。

 え?牙を叩き折ったやつ?口臭が酷かったことしか記憶にありません。


「はあ。まったく君たちときたら誰かに迷惑を掛けずにはいられないのかな?……これが最後通牒だよ。このまま山脈の内側に戻るなら見逃す。引かないなら腕か脚の一本くらいは覚悟してもらおうか」


 脅しが甘かったのか、それとも既に覚悟は完了していたのか。いずれにしてもボクが言い終わると同時に、はぐれドラゴンはその淀んだ沼地のような色の身体をぶつけてきたのだった。

 しかし、不意打ち気味なそれは空を突き進んだだけ。ボクはと言えば羽の力を抜いて落下することで巨体の下へと潜り込んでいた。


「言った通りこの脚を貰うから」


 そのまま右脚へと接近して【三連撃】をぶちかます!……はずだった。


「ルゥガウウッ!!」

「んにゃっ!?」


 突如背後からの大顎(おおあぎと)による噛みつきをギリギリで避ける。服の左肩口が引きちぎられており、文字通り紙一重だったことが分かる。更に攻撃しようとしていた右脚が大きく振り回され、急いで距離を取る。

 背後から何かがぶつかる鈍い音とゲギャグギャと吠え合う声が聞こえてくるけれど気にしてはいられない。

 結局、何が起きたのかを理解したのは、百メートル近くを逃げた後のことだった。


「はあ、はあ、はあ。……もう一体隠れていたってこと」


 ボクの視線の先には淀んだ沼色のドラゴンだけではなく、なんと灰色のドラゴンまでもが青空の中に浮かんでいた。


「選りにも選ってあいつまでやって来てるなんて……!」


 まさか唯一覚えていた個体が現れるとは。これ、お母さんが時々言ってた「フラグ回収」とかいうやつかしらん?


「ユウハさんが来てくれるのを待つ、のは現実的じゃないよねえ。やっぱりボク一人でなんとかするしかないのかなあ……」


 血が足りていない上に得物もない。ないない尽くしで嫌になりそうだわ。唯一の利点は、敵対するドラゴンたちが協力という言葉を知らないおバカさんだということかな。

 改めて様子を見てみれば、場もわきまえずに懲りもせず互いにギャーギャー(わめ)き続けている。


 いや、ホントこいつら何しに来たのよ?


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