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32 ドラゴン素材

ネタバレとなってしまい恐縮ですが、今話には自傷行為的な表現が含まれています。

苦手な人はご用心ください。

 ターホルさんが「素材が足りない」と言うだけあって、触媒探しは難航していた。

 それというのもメテオライトとルナストーンがとってもレアな分、触媒として使用するアイテムにも相応の格が必要になってしまうからだ。


「薬草系統なら、どんな傷もたちどころに癒し失われていた部位すらも再生、事切れた直後であれば死すらも跳ね返すという『霊薬(エリクサー)』、その主原料となる霊草くらいは欲しいところだぜ」

「ぜひとも別のアイテムでお願いします」


 エリクサーの主原料とかどれだけ難易度が高いのか。無理難題を超えた嫌がらせかな?


「仲良くなった精霊から友好の証に貰えるという『精霊石』はどうだ?」

「それだと特定の属性に特化することになるぞ」

「魔物由来の素材ならどうっすか?ベヒモスならいけそうじゃないっすかね?」

「まあ、お嬢ならキャスライノスでもソードテイルレオでも危険はないだろうが……。ベヒモスを発見できるかどうかがカギになるな」


 はい、そこ!

 先に精霊とお友達になる方法を確立してからにしようね。

 そしてこっちは勝手に未知なる魔物討伐を画策しないで。直近の目撃証言が百年前ってなにさ?


「……魔物素材でもいいなら、ドラゴンはどうなの?」

「これ以上ないほどの素材だな。まあ、さすがに自然に抜け落ちたものでしかも数百年も経っている鱗なんかは論外だがよ」


 風化と劣化で内包している魔力が消失してしまうので、触媒としての価値はなくなってしまうらしい。それでも加工次第ではミスリル製の防具を傷つけることができるだけの武器を作ることができるのだとか。

 今でもドラゴンとの戦いがあったと伝えられている場所では、かつての戦いの名残が落ちていないかとあさる者が後を絶たないそうです。


 話を戻すと、それならちょうどいい物がアイテムボックスの中に入っているよね。


「じゃあ、これ使ってみて」

「は?」


 ポイっと牙を投げ渡すと、ターホルさんたちが彫像になった。

 辛うじて動いていた目は、ボクの顔と牙の間を往復し続けている。


「さっきの話にも出てたはぐれドラゴンの牙だよ。叩き折ってから二カ月くらいしか経っていないから、まだ触媒にも使えるよね?」

「あ、あー、あー。これが例の牙かー……。そうだよな、本人だもんな。持っていてもおかしくねえよな。……なんて言うと思ったかこのバカお嬢!!」

「はうあっ!?」


 ぶつぶつ呟いていたかと思えば、いきなり怒鳴られました。

 手持ちのアイテムを提供しようとしただけなのに。解せぬ。


「こういうものがあるなら先に言え!」

「だって、知らなかったんだもん」


 ぷっくりを頬を膨らませて断固抗議ですよ!

 まあ、そのうち何かに使えるかも?なんてことは考えていたけれど。


「本当にこいつだけは、ちょっと油断するととんでもないものが飛び出してきやがる……。もう何も持っていないだろうな?」

「ないー」


 つーん。そっぽを向きながら、つっけんどんに答えるよ。ボクは怒っているのです。


「……ちっ!お嬢がドラゴンだってことを忘れていたぜ」

「うん?なにか問題でもあったの?」


 一変した雰囲気に呑まれてしまい、ボクもつい素で尋ねてしまう。


「ああ。しかも悪い方にな。よく見ていろよ」


 ターホルさんは左手で牙の根元側をしっかり掴むと、今度は右手で先端側を掴み、


 ボキン!


「は?あいええええええ!?!?」


 なんとはぐれドラゴンの牙が呆気なく折れてしまったではありませんか!?

 ナンデ!?


「詳しい理屈は知らねえがドラゴンはよ、同族に受けた傷で出た素材は使い物にならなくなるんだわ」


 特に敗れた場合は顕著で、さっきのように元の強度からは考えられないほどに脆くなってしまうのだとか。ユウハさんたちが何度もはぐれドラゴンを撃退しているというのに、ドワーフの村でドラゴン素材を用いた武具などが製作されていないのはこれが原因だった。


「そんなの集落にいた時には誰も教えてくれなかったよ……」

「まあ、ドラゴンだからなあ。負かした相手の鱗やら牙やらを使って、何かを作ろうなんて考えもしなかったんだろうさ」

「その牙を拾った時にも、何も言われなかったんだけど?」

「勝利の記念に拾ったとでも思われていたんじゃないのか」


 あー、それはありそうかも。はぐれドラゴンたちを撃退したのは、ボクのドラゴンとしてのデビュー戦みたいなものだものねえ。


「すまねえ。お嬢がドラゴニュートだってことをコロッと忘れていたせいでぬか喜びさせてしまったな」

「それはターホルさんたちも同じでしょ。そこはお互い残念だったねってことで水に流そうよ」


 別に誰が悪いという話でもないのだ。それに、旅立ってすぐの今の時点で知ることができて良かったとも言える。最悪、嘘つきのペテン師呼ばわりされていた可能性だってあるのだから。


「それにしても、これで触媒探しは振出しに戻っちゃったのか……」


 ゴールまであと少しだと確信していたから、その分落胆も大きいよ……。さすがにアイテムボックスの中にもこれ以上使えそうなものは入っていない。


「むー、うー……。んん?」


 ちょっと待とうか。何か大事なことをまるっとド忘れしている気がするぞ?しかもヒントはすぐそこに転がっているような……。


 前世のこと?お母さんのこと?……どちらも違う気がする。

 集落でのこと?それともフェルペとの戦いのこと?……これとも噛み合わない。

 ママンたちこの世界での家族のこと?……近付いた気はするけれど、そうじゃない感があるなあ。


「……ああ!そうか!そうだよ!」


 ピコーン!と閃き一面の曇天があっという間に青空へと変わったような爽やかな気分となる。天啓(てんけい)ってこういうことを指すのかしらん。

 おっと、まだまだ第一段階をクリアしただけだ。またしても残念なことにならないようにしっかりと確認をしておかないと。 


「ターホルさん、ドラゴンの素材を触媒にするのに、他にも何か条件はある?」

「な、なんでえ、大声出したと思ったら藪から棒に!?……いや、他には特に条件はねえな。ドラゴンは中も外もどこを使っても一級品だからな。だからこそ特に被害を被った訳でもないやつらまでが無理をしてでも討伐しようとするんだ」


 ドラゴン討伐にそんな裏事情が!?いやいや、今の本題はそっちではないのよ。中も外も、ということは鱗や牙以外でも触媒になるということだよね。……それなら。


「コップを一つ借りていいかな?」


 突然の要求にもかかわらず、何かを感じ取ったのか弟子の一人がすぐに持ってきてくれる。

 よし、それじゃあやりますか。


 するりと袖をまくり左腕を露出させると、シャキンと伸ばした右手の爪でザクッと引っ掻く。

 白い腕に走った線からは、赤い液体が溢れ出てきていた。


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