31 MP消費技
「その説明の前に確認しておきてえ。エルネ……、どうにもしっくりこねえなあ。うあー、……『お嬢』でもいいか?」
「構わないよ」
まあ、初対面は小娘扱いで「おまえ」だったからねえ。今更名前で呼ぶのも変な感じなのかも。こちらとしては変に委縮して全力を発揮できない方が問題だ。敬語もいらないと告げたのはそのためで、これについてもすかさず許可を出す。
……弟子さんたちも彼に倣い始めたのは予想外だったけれど。
「それでだな、お嬢。ユウハ様からハルバード以外の武器には変えない方がいいと言われただろ?」
「なんで知ってるの?って、長老たちと会ったんだから知ってて当然なのか」
今朝のことだ。ターホルさんたちとの顔合わせの場所を教えてもらった時、ユウハさんより長老たちからのアドバイスだとその話を聞かされたのだった。
「お嬢はリグラウ様のハルバードで、はぐれドラゴンどもを何体もぶちのめしたんだよな?」
「うん。最後には牙を叩き折ったりもしたよ」
「……それ、無理だから」
凄いを通り越して呆けた調子で、弟子の一人が言う。
「はい?」
「あのハルバードはミスリル製だと言っただろう。グロウメタルと言えども限度はあるんだよ。どんなに伝説級の鍛冶師が作り上げたものだったとしても、どんなに使い込んで性能が上がっていたとしても、ミスリルでは何体ものドラゴンを倒せるまでには至らねえんだわ」
深手を負わせて撃退したという伝承は数多くあるけれど、そのどれもが「武器としての命を使い果たしてしまった」で結ばれているそうだ。
「それだって戦ったのは一人じゃない。騎士団総出だったり、名のある冒険者パーティーが複数揃ってようやく立ち向かえる。ドラゴンっていうのはそういう存在なのさ」
「それとこれはあまり語られることはないんだが、実際は決め手となる痛撃を叩き込むために温存されていたらしいぜ。お嬢のように初手からバンバン殴り合ったりはしていないんだ」
ターホルさんに続いて弟子さんたちが補足してくれた。だけど、あのハルバードは細かな傷があるだけ――フェルペの毒による腐食は除く――で、しっかりと原形を留めている。修復についてもボクが扱うには役不足になるだろうというだけで、十分に可能だとも言われていたのだ。
ちなみに、メテオライトやルナストーン製の武器でも、大きな損耗なくドラゴンに大打撃を与えるのは至難の業、というか無理らしい。
「長老たちも頭を悩ませててな。ある予想を立てたんだと。お嬢は無意識であのハルバードを自分の身体のように強化していたんじゃないか、とな。ユウハ様がその昔に何かの本で読んだことがあるらしいぞ」
なにその武芸の極致みたいなの!?……お、おおう!ボクはいつの間にか達人な人たちの仲間入りをしていたのか。
「あくまでも無意識に、だからな?思い通りに扱うことができないもんは会得したとは言わねえぞ」
どうやら仲間入りはお預けとなっているもよう。いや、別に達人になりたい訳ではないのだけれどさ。
話を戻すと、ハルバードであることがその発動の鍵になっているかもしれないため、武器を変更することは見合わせた方がいいだろう、という結論になったらしい。
「あのアドバイスにはそういう意味があったんだね。でもさ、それとレアメタルを二つとも使うことにどう関係があるの?」
「これからその説明をしてやるから慌てるなよ。お嬢が無意識にハルバードを強化していたことを前提にしてなんだが、それが身体強化の延長にしろ付与系のものだったにしろ、魔力を介した魔法的なものの可能性が高い」
魔法?いや、だからボクは魔法なんて使えないし、魔力的なものなんて……、あ!?
「その顔は何か心当たりがあったようだな?」
「あー、うん、まあ、多分だけどね」
魔力が関係しているのかどうかは分からないけれど、前世ではMPを消費するようなものはあった。一つは【裂空衝】。フェルペには不意打ち気味の至近距離で使用したけれど、あれは本来遠くの敵に衝撃波をぶつける技だ。MPを追加で消費することでその飛距離を伸ばすことも可能だった。
もう一つは【流星脚】。こちらはMPを注ぎ込むことで対象の防御力を無視することができていた。
そういえば空を飛ぶのも、背中の小さい羽でというよりは魔力を利用していたのだったっけ。よくよく考えてみれば結構使っていたのね、魔力。
「メテオライトだけじゃ魔力の通りが悪過ぎる。だが、かといってルナストーンだけでは根本的な強度が足りねえ。だから両方とも使う必要があるのよ」
なお、この合金計画は元からあったもので、だからこそ雛形として作られた巨大剣も、鋼と魔銀による合金で作られていたのだそうだ。
「と言う訳で、お嬢。ここまでは理解できたか?」
「はい。大変勉強になりました!」
「よしよし。それじゃあさっそく、と言いたいところなんだが、さっきも言ったように素材が足りねえ」
二つの鉱石はそれぞれ物理と魔法に特化した性質を持っている。この異なるものを均一に、しかも劣化させることなく合一化させるためには、相応の触媒が必要になるのだとか。
「触媒で一番手っ取り早いのは、アルプ湖北岸にある『聖神教』の『聖地』や『修道院』で作られている『聖水』だな。金さえ払えば手に入る」
実際に、あの巨大剣の鋼と魔銀を融合する触媒にはその聖水を用いたらしい。
ちなみに、神々への祈りが込められた聖別された水には、魔物を寄せ付けない効果があるので、旅人や冒険者たちが野営の際などに使用する、というのが一般的な利用方法だ。
「だが、使ってみて分かった。あの聖水では力不足だ。メテオライトとルナストーンを融合させることはできねえ」
聖水を作っているのは主に修業に勤しむ修道士や修道女たちとなる。年若い人たちが多いために、その効果はそれなりでしかないようだ。それでも街道を行き来する分には十分なのだけれど、高ランクの金属鉱物を加工する触媒にはなり得ないみたいだね。
「もしもどうしても聖水を触媒にするなら、特別に教主様にでも依頼して作ってもらわねえと無理だろうな」
教主というのは聖神教の教団トップに当たるお人で、そこらの国の国王よりもよほど強大な権力と影響力を持っているらしい。
絶対に無理だろうし、例え受けてくれたとしても見返りにどれだけの寄進――という名の代金――を要求されるか分かったものではないよ。
……うん。触媒は聖水以外でお願いします。
〇聖神教教団の位階
・教主 … トップ。一人。大神殿にいる。
・枢機卿 … 次位。複数人(最少で三人、最大でも九人)。
大神殿、聖地、修道院を定期的に巡回している。教団の外交官役として各国へ派遣されることもある。
・高司祭 … 上から三番目。いっぱいいる。
教団施設にいる以外に、各国の中心的な『神殿』の管理者として派遣される。
高司祭以上の位階になるためにはホーリーベルトにある教団本部の施設での修業が必須となる。
・司祭 … 上から四番目。もっといっぱいいる。
現地の高司祭からの推薦と、本部からの認可があればなれる。人口の多い都市などの神殿の管理者。
『神殿騎士』は司祭位を持つ者――ただし、こちらは本部での修業経験者のみ――で構成されている。
・神官 … 上から五番目で管理者側としては一番の下っ端階級。すごくいっぱいいる。
司祭からの推薦があり、その地域を担当する高司祭の認可があればなれる。
地方の村や町の神殿では、神官が管理者となっていることも少なくない。
・特別信徒 … いわゆる身分の高い人たちの総称。上は王侯貴族から下は寄進額の多い豪商までと幅広いので注意が必要。
・一般信徒 … 普通の聖神教信者さんたち。




