29 武器作成の依頼
「や!どうも昨夜ぶり」
「んなあ!?へっ?え?おまっ?ほあああああっ!?」
翌日、指定された顔合わせの場に現れた親方ことターホルさんは……、こう、そのね。申し訳ないけれど笑いを堪えるのが大変なくらいに百面相を披露してくれた。
対して弟子さんたちはなんとなく勘付いていたもよう。
「まあ、昨日の今日だしなあ」
「行商の連中がやってくる時期でもないのに見かけない顔に、長老からの頼みだろう。さすがに気が付くってもんさ」
「それにその、お嬢さんのはその姿だからな」
そりゃそうだわね。尻尾の先をピコピコさせながらさもありなんと頷くボクです。長老たちからの話で依頼者はドラゴンだと聞いただろうから、額に虹色の鱗があり尻尾を持つ誰かさんのことが頭をよぎるのは当然のことだ。
「ちなみに、昨日みんなと出会ったのは本当に偶然だよ」
「親方を探しに来ていたんじゃなかったのか?」
「長老さんたちが話を通してくれるって言っていたのに勝手はできないよ。昨日は気ままに街を観光していただけ。それにまだ紹介状も貰っていなかったしね。あ、という訳でこれ渡しておこうか」
「あ、ああ。なんかすげえ今更感があるけど、受け取るよ」
腹を割って話し合ったとまではいかないけれど、愚痴を聞かせてもらった間柄だからねえ。ある意味長老たちよりも親密な関係と言えるかも。
「……おまえ、いやエルネ様だった、でしたか。知っていたならおっしゃってくだされば良かったのに」
「呼び方は自由にして。あと敬語もいらない。確かにボクはドラゴンだけど、この街を守っている訳でもなければ皆のために何かした訳でもないからね」
「……分かりました。いや、分かった。」
ターホルさんが喋り方を元に戻してくれて一安心。堅苦しいのは苦手だもの。
「さっきも言ったけどみんなと会ったのは偶然だし、長老たちからの推薦されたのはこの人なのかな?と感じたのも昨日の別れ際のことだからね」
「てことは、親方というより俺らとの会話の中で気が付いたってことかい?」
「うん。そうだね」
確信したのはターホルさんの想いを聞いた時だけれど、本人は完全に酔っぱらっていたからね。だからこそ本心だったのだろうし、できれば茶化したりせずにこそっと見守っていてあげたい。
「だけど、それほど大した話をしたかな?……差し支えなければそう思った理由を教えてくれないか?」
「あの剣を作ったきっかけだよ。面白い素材が手に入った、そう言っていたでしょ」
「……あーあー。確かにこいつが言っていたな」
「同じことを長老からも言われたんだよ。それで、もしかしたら?と思ったのさ」
ボクの説明に納得したのか、ふむふむと頷くターホルさんたち。顔色が少しばかり渋くなっているのは、言葉のチョイスが長老たちと同じ、つまりは年寄りじみていたことへのショックなのか、それとも工房の重要事項を特別な客とはいえ部外者のボクに漏らされてしまったことへの不満なのか。
「さて、長老たちから聞いたと思うけど、ボクからも改めて依頼させてもらうね。武器種はハルバードで、要望は二点。ドラゴニュートのボクが振るっても壊れないこと、そして悪魔の猛毒にも耐えうること。どちらもこれまでに使っていたものの改善点ってことになるかな」
企んでいることなどないと明言するため、こちらの要望を直球で伝える。
「あ、ごめん。できれば旅先の鍛冶屋とかで手入れできるものにしてもらえると嬉しい」
何かあるたびにドワーフの村にまで戻ってくるというのは現実的ではないので。本格的なメンテナンスはともかく、一般的なお手入れなら行く先々の街や村でも可能でないとお話にならない。
「……一つ聞かせてくれや。エルネが使っていたのは、長老たちの部屋に飾られていたリグラウ様のハルバード、ってことでいいんだよな?」
「その通りだね。ドラゴンの集落に置いてあったものを貰ったんだ」
伝承が本当だったと分かり、ターホルさんたちは目を丸くする。いくら事実だと聞かされて育ってきたとはいえ証拠らしい証拠はなかったようだから、そういう反応にもなるよねえ。
それと長老たち、もうあれを飾ったのか。
「……つ、つまり、それは」
ゴクリと喉が鳴り、誰かが口に出そうとしていた言葉が途切れる。
ふふふ。気が付いたみたいだね。
「うん。伝説の鍛冶師以上のものを作ってね」
「軽っ!?言い方が軽い!?」
椅子からずり落ちそうになりながら弟子さん三人が揃ってツッコんでくる。あっはっは。ばっちりなナイスリアクションだね。これで少しは肩の力が抜けたならいいのだけれど。
「リグラウ様を超えろとは簡単に言ってくれるぜ。これだから小娘はものも道理も知らなくていけねえ」
「そう?でもさ、何をどうすればいいのか分からずスランプだって藻掻いているよりは、分かりやすい目標に向かって突っ走っていく方がマシじゃない?」
「……ちっ。その通りだぜ、ちくしょう」
特にターホルさんの場合は、ユウハさんを手助けしたいという気持ちばかりが先走っていたからねえ。そもそも武器よりも先にドラゴンと戦える、それこそ英雄と呼ばれるような人材を育成するのが先決だと思うのよ。
仮に持つだけでドラゴンを倒すことができる武器ができたとしても、悪魔フェルペが生誕の地を破壊するために持ち込んだ試作型マジックアイテム並みの危険物として封印されてしまうのがオチでしょう。
つまり、実はスランプ以前の問題だったのだ。
本人も薄々は感じていたのだと思う。だけど認めてしまえば情熱の行き先がなくなってしまいそうで、これまでも全てが無駄になってしまいそうで振り切ることができなかったのだろう。
「英雄越えの逸品か……。まあ、あの素材を使えば勝機もでてきそうだな」
お?本格的に前向きな検討を始めてくれたかな?
「お、親方……!」
「いいぜ、その話乗ってやる!……と言いたいところだが、まだ素材が足りねえんだわ」
おうっふ……。感極まって立ち上がっていた弟子たちと一緒に今度はボクもズッコケてしまう。
「……英雄越えができそうなんじゃないの?」
「勝機が出てきそうだ、と言ったんだ。今の段階じゃあ、まだ背中が見えたくらいだな」
これまではその背中すら見えていなかったのだから、一応は大きな前進と言えるのかな?




