28 スランプの理由
所変わって住宅区画と工房街の境付近にある一軒の酒場兼食堂。その一角でボクは親方たちと卓を囲んでいた。酒場の方が先なのはお察しということで。
「俺だってよお!俺だって分かっちゃいるんだよ!!使えない剣なんて武器じゃねえ!!あれは俺の醜い虚栄心の塊なんだってことくらいはよお!!」
叫び終わると同時に親方の手がゴンとテーブルを叩く。場末の安酒場なら足の一本でも砕けていたところだろうが、ここは物づくりの達人が集うドワーフの村だ。しっかりとその衝撃に耐えきっていた。
「だがよお!今の俺じゃあな、あれ以上の物を生み出せる気がしねえんだ、ちくしょうめ!!」
再びゴゴンとテーブルを叩くと、大ジョッキになみなみと注がれていたエールをぐびぐびと飲み干す。いやあ、飲みっぷりだけは惚れぼれするような豪快さだねえ。
ボク?意識はともかく身体の方は卵からかえったばかりのお子ちゃま設定のようで、ちょびっと舐めさせてもらったが苦味とえぐ味しか感じられなかった。ほろ酔い美少女はおあずけとなります。
いわゆるスランプに陥っているらしく、親方はかなりの鬱憤がたまっているのかさっきから愚痴が止まらない状態となっていた。
普通なら辛気臭いだの鬱陶しいだのと他の酔客が絡んできそうなものだけれど、そんな様子が一切ないのは似たような苦悩を抱えた経験があるからなのかもしれないね。どことなく彼を見る周囲の目が生温かいです。
あと、弟子のみんながぺこぺこと謝って回っているのもあるのだろうけれど。
「悪いね、お嬢さん。付き合わせてしまって……」
「気にしないで。おかげで美味しいご飯を奢ってもらえることになったんだからさ」
親方に気付かれないようこっそりと小声で言う弟子さんに笑顔を返す。お金の持ち合わせがないボクとしては本当にありがたい限りだ。
アイテムボックスの中にはアオイさんから渡された衣類が色々と入っているのだけれど、現在の価値が分からない。下手に取り出して大騒ぎになっても困るので、ユウハさんに要相談だわね。
「それにしても、こんなに山の中なのに食材が豊富なことにビックリだよ」
さすがに火は通してあるが、並べられた料理の中には豊富な種類の肉や野菜が使用されていた。
「この寒さだからな、外の倉庫に置いておくだけも長時間の保存がきくんだよ。それとドラゴンの皆様のおかげでもあるかな」
「ドラゴンの?」
「ああ。このドワーフの村には四体のドラゴンが居を構えてくれているんだ。『白氷龍』のユウハ様は常に街にいて守護してくださっているんだが、他のお三方は旅好きでね。護衛の名目でここと取引をしている行商の連中に付いて回っているのさ」
ドラゴンの護衛とかある意味最強なのでは?ともかく、そういった理由で食料や物資が安定して運ばれてきているのだとか。
ちなみに肉類に関しては定期的に周辺の魔物の討伐が行われており、それらが提供されることも多いらしい。そしてその討伐に赴くのは、主に武具製作を生業とする鍛冶師たちなのだそうだ。
「命をやり取りするものを作っているんだ。その重みを身をもって知るべし、というのがこの街の方針なのさ。それと、剣を振るったことのないやつが作った剣なんて説得力がないだろ?」
「ああ、それはそうだね」
そうか、あの巨大剣はそんな基本的な心構えを無視したものということになるのだね。だから親方さんはこんなにも凹んでいるのか。
「実は、それだけじゃないんだ」
「ああ。タイミングも悪かったんだよ」
と割って入ってきたのは残る二人の弟子さんたちだった。親方は……、完全に自分の世界に入り込んでいるようだから放っておいても問題なさそう。
こちらもなんだかんだで不満やら不安がたまっていたのだろうね。いいでしょう。ご飯の代金分くらいは聞いてあげようではありませんか。ちょっぴり事情も気になるしね。
「実はさ、少し前に面白い素材が手に入ったんだ。あの剣は元々その鉱石を用いるための雛形として作られたものだったんだよ」
面白い素材?いや、今は話の続きを聞こう。
「雛形とは言っても手を抜いていた訳じゃないぞ。俺たちもだが親方も全身全霊を込めて槌を振るったんだ」
原物を見せてもらったからね、それは理解できますとも。ただ、気合が入り過ぎて空回りしてしまったのだろう。生み出された物は良くても扱える者がいないという、根本的にアウトな結果となってしまった。
「しかもなまじ出来が良いから、あれを破棄して一から作り上げるのも難しい、と」
「さすがにあれをぶっ壊すっていうのは……」
「ああ。作り手としてどうかと思うぜ」
英雄視されているどこぞの巨匠はそれをやっていたらしいけれどね。まあ、あれは特別な事例だろう。それに裏を返せば失敗作を残しておきたくない、失敗を受け入れることができない偏狭だったと言えなくもない訳で。
「そもそもどうしてあんな巨大な剣になっちゃったの?」
言葉を交わすうちに、ふと浮かんできた疑問をぶつけてみる。
「あー、それは……」
「俺たちの口からはちょっと……」
「いくらなんでもこれは不味いな……」
さっきまでとは一変して、急に答えを濁された?そういう態度を取られると余計に気になってくるのだけれど?
うん?三人ともチラチラと親方を見ているね?……つまり、弟子の立場上自分たちからは言えなくても直接本人に聞くのはアリということみたい。そういうことならさっそく。
「ねえ、親方。どうしてあんな大きな剣を作ることになったのさ?」
「あん?そりゃあ、ドラゴンを倒すためよ!」
「ドラゴンを!?」
んんん?……ユウハさんというドラゴンに守護されているのに、ドラゴンを倒す?どういうことだってばよ?
「はぐれドラゴンだったか?ここはよお、山脈の頂上に近いから時々その内側からちょっかいを出しにくる迷惑なやつがいやがるのよ。まあ、毎度毎度ユウハ様にこっぴどくやられて逃げ帰ることになるんだがよお」
「ユウハさん、強そうだもんね」
「強そうじぇねえ、あのお方は強いんだよ!……だがよお、いつまで経っても守られてばっかりってのは情けないじゃねえか!」
喋りながら興奮してきたのか、親方はガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がり、
「俺は、俺はよお!ちょっとでもあの方の力になり……。ぐう……」
「え?寝た……?」
糸が切れたようにぶっ倒れると、そのまま眠り込んでしまったのだった。
「ああ、ここのところ夜も寝られていなかったみたいでな」
「悪いが、これでお開きってことで構わないかな?親方を連れて帰らなくちゃいけない」
「代金は気にしないでくれよ。こっちで支払っておくからさ」
料理はあらかた食べ終わっているので問題ない。ボクは親方を担いだ三人を快く送り出したのだった。
「それにしても、あの剣はユウハさんのためだったとはねえ」
コップを傾けて口を湿らせながら呟く。男気のある話じゃないですか。ほんのりとロマンスの香りがするのもまた良し。
「さあて、どうやってその気にさせましょうか?」
◇ 注意 ◇
当然ながら本作に現代刀工の方々を貶すような意図はありませんからね!
まあ、そんな穿った読み方をする人はいないとは思いますけれど、一応記載しておきます。




