27 工房街での出会い
ところで皆さん、どうして初めて訪れた街なのに工房街へと入り込んだと分かったのか、気になった人はいないかな?
答えは簡単。建物の形状が大きく変わり雰囲気が一変していたためだ。
建物の形状の違いを一言で言うと、屋根がない。正確には洞窟の天井部分が屋根となっているのだ。つまり、壁がずどどーんと地面から天井まで繋がっているのですよ。
その分天井も低くなっていて、住宅街では十メートルか高いところではそれ以上だったものが、こちらでは六、七メートルほどにまで下がってきていた。
見通しも悪ければ明かりも遮られることが多く、街灯の数を増やすことで対応しているようだけれども、かなりの圧迫感がある。
ほらね。雰囲気も一変しているでしょう。
ちなみに、こうした建物の形なのは、鍛冶場や炉などから出る煙などが洞窟中に充満しないための措置なのだとか。煙は天井の中に埋め込まれた配管を通って、外に排出されるようになっているそうです。
いやはや、色々と考えられた上で街が作られているのだねえ
「ぬうっおおおおおおおおおお!!ダメだダメだダメだあああああああ!!」
工房街を歩き始めてしばらく、路地裏に突然大声が響き渡り、ボクはビクンチョ!?と体を跳ねさせることになった。
工房の壁は槌を打つ音が漏れないように、厚くなっているはずなのだけれど?それを貫通してなお大声に聞こえるとか、どんだけなのよ?
ふと興味が湧いてしまったボクは、声の出所を探るべく辺りをキョロキョロしてみる。すると……。
「ちょっ!?親方、落ち着いて!?」
「ええい、こんなんじゃダメだ!!酒だ!酒を飲んで頭を切り替えるぞ!!」
人として割とダメダメな絶叫が聞こえてきたかと思えば、ドバン!と大きな音を立てて扉が開く。なるほど、入り口のすぐそばでのやり取りだったのか。それなら聞こえてくたのも納得だ。中から現れたのは数人のドワーフたちだった。
なお、今の台詞も彼らのものだとすれば、あながちおかしなものでもなかったりするのだよねえ。前にもどこかで言ったかもしれないけれど、この種族にとっては水分イコールお酒なので。
要は「ティーブレイクでリフレッシュ」とか「お茶飲んで休憩しよう」と言うのと同じ意味なのです。
「うん?なんじゃいお前は?」
ふと目が合った先頭の髭もじゃさんが訝し気に問うてくる。まあ、ドワーフばかりのこの街ではボクのような存在は異質だろうね。更に言えば工房街だ。出入りする者は限られてくるはず。
とはいえ、尋ね方というものがあるでしょう。仮に虫の居所が悪かったのだとしても、それはそちらの都合でありボクには関係ないのだから。
「それはこちらの台詞。おじさんこそなに?」
「ぬなっ!?」
言い返されるとは思っていなかったのか、髭もじゃさんだけではなく、その後ろのおじさんやお兄さんたちも一様に驚いている。なんだろ?凄んで見せたら怖がって逃げるとでも思われていたのかな?
まあ、相手はでっぷりとしたお腹周りを除けば筋骨隆々のいかにもなパワーファイター型だ。対するボクは可憐な美少女だから侮られても不思議ではないかな。
「お、俺のことを知らんだとお……!」
「この街に来ておいて親方の知らない?うっそだろ!?」
「いや待て。こんな娘、今まで見たことないぞ?」
「そういえば、行商の連中が巡ってくるのはまだ先じゃなかったか?」
会話の内容的に先頭でぐぬぬと唸っている髭もじゃさんが工房主の親方で、後ろの人たちはお弟子さんかな。
それにしてもこんな秘境にまでやって来ているだなんて、行商の人たち凄いな。いくら世界最高レベルの武具を商えるとはいえ、並みの根性で太刀打ちできるような自然環境ではないよ。
「あ、あの……。本当に親方のことを知らないの?」
おずおずと一番若いお兄さんが尋ねてくる。見れば親方は顔を真っ赤にして爆発寸前といった様子で、その他のお弟子さんたちも縋るような目を向けてきている。ここは嘘でも「知っている」と答えた方が穏便に事が運びそう。
だが断る。
「知らないよ」
最初から喧嘩腰だったのは親方の方だし、ボクが譲ってやらなくちゃいけない道理は一欠片もないのだから。
「むしろ興味もない」
「ぬわんじゃとおおおおおおお!!」
あ、キレた。でも本当ことなのよね。ここに居たのも気ままに歩いていた結果という、偶然の産物でしかない。
しかもこの工房街には表札や屋号といったものが一切ない。恐らくは鍛冶関係なのだろうけれど、武器作りが得意なのかそれとも防具の製作をしているのかすら分からなかったのだ。よって興味の持ちようもなかったという訳。
「もう用はない?それじゃボクはこれで――」
「待てい!!」
踵を返して観光を再開、しようとしたところを髭もじゃ親方に呼び止められる。なにさ?
「小娘ごときに興味がないと言われたまま帰らせたとあっちゃあ、俺たち職人の矜持が廃るってもんよ!おいお前ら、あれ持ってこい!!」
「ええっ!?」
「お、おやかた!?」
「まじか、いやそれだけ本気なのか……!」
親方の指示に弟子さんたちが慄いている。……んー、やられた。なにが出てくるのかちょっぴり楽しみになってきてしまったよ。こうなっては「はい、さよなら」とはいかないね。
とはいえ、さっき言われたようにボクは小娘ですよ?物の良し悪しなんて分かるものなのかな?
しかしこの後、その考えが間違っていたと知ることになる。
「どうだ!これが今のところ俺の最高傑作だ!!」
「おおー!」
わっせわっせと工房の中から弟子さんたちが運び出してきたのは、柄まで入れるとボクの背丈を軽く超える長大な剣だった。鞘に収まった剣身部分だけでも二メートル以上ありそうだよ。
「おう」
「は、はい」
親方に促されて一人がガチャリと鞘の側面を開く。ほうほう、そういう取り出し方なのか。確かにあれだけ長いと、普通の剣のように鞘への抜き差しはできないよね。
などと感心していると、抜身となった剣の全貌があらわとなる。
「ふわああ……!」
これは凄い。側面は磨き上げられた鏡のように美しく優雅なのに、一変して刃は凄みを感じさせられる。真っ直ぐな形状の剣身だから遠心力や重量で叩き斬るといった扱いになるのだろうけれど、触れただけで怪我をしてしまいそうなほどに研ぎ澄まされている。
「うん。素人目にも分かるよ。これは間違いなく一級品だ」
「ふふん!そうだろう、そうだろう!」
「でもさ。これ、扱える人がいるの?」
直後、親方たち全員の顔からスンと表情が抜け落ちていった。
〇親方の最高傑作
某黒い鎧のバーサーカーな人が振り回している鉄塊ほどの厚みもなければ幅もありません。そのためしっかりと刃筋を立てるといった繊細な技量が必要とされます。
エルネの考えていたような荒い扱い方ではすぐに剣身が歪み、最悪ぶち折れます。
次回で少し触れるかもしれませんが、今話の最後で親方たちの顔が虚無になっていたのは、大きさや重量の面でただでさえハードルが上がっているのに、そちら方面での扱いにくさも追加されていることに気が付いたからでした。




