23 訪問の理由
ユウハさんと二人でじっくりと体を温めてから大浴場を出る。ほかほかの湯上り美女アンド美少女の完成です。
「はあー。気持ち良かったあ……。あとは冷えたミルクがあれば最高なんだけど」
「ミルク?ドワーフたちは麦酒を冷やしたものをサウナあがりに好んで飲んでいるわよ」
「……水分イコールお酒の人たちと一緒にしないでください」
なんてことを話しながら脱衣所のような場所へと移動し、アイテムボックスから着替えを取り出す。
「ちょっと待ちなさい。今その服をどこから出したの?」
「ん?どこって、アイテムボックス……。おおう!そういえば秘密にしておけって言われてたんだった!?……ええと、見なかったことに――」
「できるはずがないでしょう」
ですよねー。
早く話せと圧をかけてくるユウハさんをなだめて、とにかく先に着替えを済ませることに。せっかく大浴場で温まった体が冷えてしまうからね。それと、いつまでの裸のままとかお年頃の娘さん的にはよろしくないです。
「とはいえ、話せることはほとんどないんだけど」
「どういうことかしら?」
「初めから使えた。どういう理屈や原理なのか分からない。でも便利だから使ってる。……以上?」
「……あなたの両親や集落の皆はそれで納得していたの?」
「納得するしかなかった、というところかな。みんなにも見せて検証してもらったけど誰にも分からなかったんだよねえ」
最終的に出た結論ですら、「多分魂というか前世の記憶に紐づいた能力なんじゃなかろうかと思わないこともない?」という大層ふんわりしたものだった。
「はあ……。冒険譚に興味を持ち始めたから少しは変わったのかと思えば、集落は相変わらずのようね。頭が痛くなる」
みんないい人たちだし、いい所なのだけれどね。それでもドラゴンばかりが寄り集まって暮らしているから、他種族や外の世界との間に『ズレ』ができてしまっているのだろう。
ユウハさんたちはそのズレが受け入れられないからこそ、外の世界で暮らしているのだと言える。そして、彼女たちからもたらせるものによって、ズレが肥大化せずにすんでいるのかもしれない。
だけどその一方で、ドラゴンが種族全体で積極的に世界に関わるようになっていけば、それこそドラゴンによって支配された世界になってしまいかねないのだよねえ。
もしくは、ドラゴン対全種族連合による全面戦争になるか。
どちらにしても碌な未来にはならない気がするよ。だから集落の皆は今くらい適当に引きこもりな生活をしているのがちょうど良いように思う。
「まあ、無理矢理意識を変えようとしたところで軋轢が生まれるだけだから、外の世界に興味を持つようにのんびりやっていくしかないでしょうねえ」
「……パピーも同然なあなたから言われると、なんとも言えない気分になるわ」
「前世の記憶持ちだからねー」
「さっきの能力ともども、そのことも秘密にしておいた方がいいわよ。人間たちの中には良からぬことを企む連中も少なくはないから、って言ってるそばから!」
おっと、ついいつもの癖でタオルとかをアイテムボックスに放り込んでしまったよ。洗濯はある程度まとめてやる派なので。
そうそう、集落の皆が着ていた服だけど、あれ、正確には服ではなく〔人化〕する時に一緒に生み出しているものらしい。だからなのか、脱ぐと消えます。魔力をこねくり回してそれらしく作り上げているのだとか。なるほど、分からん。
「ユウハさんは服を着る派なんだね」
「郷に入っては郷に従えよ。……贈られたものを無下にもできないし」
これは後半の方が本音かな。望むかどうかは別として、ドワーフの村の人たちにとってここを拠点にしているユウハさんたちは守護者みたいなものだろうからね。
色々とお供えのようなものがあっても不思議ではないし、その中に衣料品が含まれていることだってあるのだろう。
鍛冶や細工物といった方面が取り上げられがちなドワーフだけど、中には服飾関係に興味を持って邁進する人だっているはずだ。人化したドラゴンはもれなく美男美女揃いだから、そんな人たちからは絶好のモデルとしてロックオンされていそうだよ。
脱衣所の外にあった休憩スペースでのんびりくつろぐ。やたらと立派なベンチなのは、ユウハさんたちドラゴン向けということなのかしらん。
溶岩だまりからの地熱のせいか、雪山の中腹とは思えないくらいの暖かさだ。これなら風邪をひくこともなさそう。
「ところであなた、何の用があってドワーフの村を探していたの?」
「用があったのは確かだけど、どうしてそう思ったの?」
「どこへ行くでもなく吹雪の中をウロウロしていれば、ここに用があるのは一目瞭然よ」
なんという説得力なのか……。という訳で別に隠し立てするようなことでもないし、それ以前にユウハさんには悪魔との戦いのことも簡単にだが話しているので、教えるのは吝かではなかったり。
「ドラゴンの集落にちょっかいをかけてきた悪魔、フェルペっていう名前なんだけど、そいつがとんでもない毒の使い手でね。持っていた武器が腐食されちゃったんだ」
一言断りを入れてからハルバードを取り出す。
「毒の悪魔?……まあ、いいわ。それよりもそのハルバード、もしかして長の屋敷に飾っていたものかしら?」
「そう、それ」
「合点がいったわ。それならここに来たのは大正解よ。件のドワーフだけど、大山脈の頂を越えただけでなくドラゴンの集落に招き入れられた唯一の存在として、英雄視されているから」
そんな人が作った物を修復できるのであれば、誰も彼もが喜んで手を挙げるだろうとのことだった。
「逆に候補者が多過ぎて、収拾がつかなくなるかもしれないわ」
「あ……」
言われてみれば確かに。生半可な腕の者ならば怖気づくかもしれないけれど、ドワーフの村にまでやって来るような連中は地元では当代随一と称賛されるような名人級の職人ばかりなのだ。
しかし、困ったね。そうなると下手には動けないぞ?
「普段なら長老たちを訪ねて事情を話せと薦めるところだけど……」
ユウハさんが途中で言葉を濁す。その理由は「こんな所で長老を任されているくらいの人たちだ」と言えば何となく察してもらえるかな。
つまり、彼らもまた超一流の職人さん――一応、現役から退いてはいる、らしい――のため、誰かを紹介してくれるどころか「わしがやる!」「いや、わしが!」「何を言う、わしじゃ!」と奪い合いになるかもしれないそうで……。
「とはいえ、他に手がある訳でもなし……」
工房に突撃なんてしたら、確実に大騒ぎになりそうだもの。
まさか、こんなある意味贅沢な悩みを抱えることになるだなんて……。ボクは小さくため息を吐いたのだった。




