22 都市内だけど立地的には秘湯
カッポーン……。
湯けむりの向こう、どこからともなく謎な音が響き渡るけれど、そんなことはどうでも良かった。今はただただこの安らぎに揺蕩っていたい。
「ふへえ。えへへへへ……。生き返るう……」
顎の先まで浸かった湯はややもすれば熱く感じられるほどだったけれど、吹雪の中で凍えていた体には最高の贅沢だった。
……うん。でもやっぱりちょっと熱いや。
浴槽の端の一段高くなった石の上に上半身を引き上げると、腕を枕にしてうつ伏せになる。自前のお胸様がむにゅりと形を変えて、石の固さを和らげてくれる。そのまま脱力していけば、下半身もふわりと浮かび上がってくる。
「ふにゅうーん」
思わず鼻歌を奏でてしまいそうな心地良さだ。普段は服の下になっている背中の羽も思わずパタパタ動いてしまうってもんですよ。「はしたないわよ」と言わんばかりの視線を感じるが、気にしませーん。
……ぴちょん。
「ひやん!?」
不意に、天井にたまった水滴が落ちてくる。それ自体はよくあることなのだけれど、今回はその降ってきた場所が悪かった。
脱力したことで水面上へと浮かび上がっていたボクのお尻があったのだから。
「冷たい……」
慌ててちゃぽんとお湯の中へと沈める。
おにょれ、尻尾もあったというのにピンポイントにお尻を狙ってくるとはなんという精密射撃なのか。お風呂の水滴、侮り難し!!
「なにをやっているのよ、子どもみたいな真似をしないでちょうだい。……あ、いや、二カ月前に卵からかえったばかりだからパピーのようなもの?」
シルバーブロンドを頭頂部で巻き巻きしたグラマラス美女が呆れたように言う。
そうなのだよねえ。ボクってこの世界で生まれてからまだ半年も経っていないのだ。前世の記憶があるので、赤ちゃんな気分にはなれないけれど。
前世と言えば、以前のボクはお風呂苦手だったんだよね。まあ、謎生態な卵ボディだったからね。「ゆで卵になる!?」という恐怖心があったのかもしれない?
さてさて、サービスシーンはこのくらいにしまして。白いドラゴンと出会ってからのことをお話していこうか。
予想通りというかなんというか。彼女、ユウハさんがが警戒していたのはボクのことを集落から追放された粗暴なはぐれドラゴンなのではないかと疑っていたためだった。
ちなみに、先ほどのグラマラス美女が人化したお姿となります。
外の世界にまで飛び出していくやからともなれば、自分から集落を飛び出すほどの自意識過剰で自信も過剰な個体と相場が決まっていた。そんな連中は他種族の村や町を見つけると、当然のように自分の力を誇示しようと襲い掛かっていたらしい。
なんというはた迷惑でおバカなやつらなのか。しかもそれと同類に間違われるとか……。辛い。
しかもこの誤解を解くのがまた大変だった。
ドラゴニュートだったことに卵からかえったばかりだということ、十一体ものはぐれドラゴンたちを相手に大立ち回りに繰り広げたこと、そして悪魔を追い払ったことなどを順序だててできるだけ分かりやすく説明していったのだけれど、
「あなた、嘘を吐くならもう少しマシなものにしなさいよね」
と取り合ってもらえなかったのだ。
それでも何とかあれやこれやと説得を続けて、最終的にはお祖母ちゃんの手形も見せることでようやく信じてもらうことができたのだった。用心で切り札的なものだと思って持っておけ、と渡されたのだけれど、まさか初回から使用することになるとはね。
どうやら外の世界で暮らすドラゴンたちにとっては、パパンよりもお祖母ちゃんの方がネームバリュー的には効果があるようだ。これは別にパパンが侮られているという意味ではなく、単純に世代的なものだと思われます。
まあ、そんな予定外なことがあったが、お詫びとしてこんな素晴らしいお風呂を堪能することができているのでした。
という訳で、ボクたちが今いるのは『ドワーフの村』の奥深く。その最下層にある大浴場です。いくら半地下とはいえ、高山の中腹という厳しい生活環境に村を築くことができたのはこのためだった。
より正確に言えば、この最下層のすぐ近くに溶岩だまりがあるのだ。これを利用して鍛冶場を作ったことで、通常では難しい金属やら素材の加工も可能になっているのだった。
大浴場はその副次利用というところかな。
ちなみに、ドワーフさんたちはお湯に浸かるよりもサウナの方が好みらしく、そちらの大混雑とは裏腹に大浴場はいつもガラガラなのだとか。
普通そうなればこちらを縮小して、サウナを増設しそうなものだがそうはなっていない。その理由は、まあ、言わずもがなだよね。ユウハさんのお気に入りだからだ。
「別に私だけじゃないわよ。他のドラゴンたちも大浴場を好んでいるの」
「うんうん、そうだよね。ボクもお気に入りになっちゃいましたから」
はあ。本当に心地良い。だるーんとスライムのようにだらけてしまうよ。
「それにしてもドラゴニュートなんて、随分と久しぶりだわ」
「んにゅう?そうなの?」
「人化の技能が普及してからはとんと見なくなったわね。人間種に紛れるにしろ普段から生活するにしろ、こちらの方が便利だもの」
確かにボクなんて尻尾とか明らかに目立つ要素があるからね。一目でドラゴンだと見抜かれることはなくても、変わった種族だと思われるだろうことは想像に難くない。たったそれだけでも、時には相手に警戒心を抱かせてしまうことだってある。
他にもいざという時には元のドラゴンの姿に戻るだけで一気に形勢逆転を狙えるという利点もある。奥の手は多いに越したことがないのだ。
ユウハさんいわく、その昔はドラゴニュートだった人たちも徐々にドラゴンの姿へと再進化していて、今ではほとんどいなくなっているのではないか、とのことだった。
なお、「ドラゴニュートを見たのはおおよそ千年ぶりくらい?」とのことでした。予想していたよりも桁が一つ多いわ……。
「まあ、ボクは意識が目覚めた時からこの姿だったから」
尻尾の先をお湯から出してピコピコ動かす。それに合わせて波紋が広がっていくのをなんとなしに見つめる。前世の記憶の影響、なのかしらねえ?
「そう。あなたが気にしていないのなら私がとやかく言う問題じゃないわね」
一応忠告はしてくれた、というところかな。長期間他種族と一緒に暮らしてきた先輩の言葉だ。頭の片隅にはしっかりと残しておくことにしましょう。
〇エルネの技能〔完全竜化〕と〔完全人化〕について
ぶっちゃけ、エルネ本人はこれらの技能があることを忘れています。
ドラゴニュート形態で十分にドラゴンや悪魔とやり合えているし、普段の生活にも不都合を感じていないのだからさもありなん。
ちなみに、技能の効果は読んで字のごとくで、完全なドラゴン形態及びヒューマン形態に変身することができます。




