16 ドラゴン大図書館
発端はある日の夕食後、のんびりと家族団欒の時間を過ごしていた際にママンが呟いた何気ない一言だった。
そうそう、数日一緒に暮らしたあたりで、ママンとパパンの二人からは本格的に血の繋がりを感じ取ることができるようになっていた。前世の記憶もお話していて、お母さんとは呼べないけれど二人とは良好な親子関係を築くことができています。
「そういえば……、『ドラゴン至上主義』だったかしら?どこかに似たような言葉があった気がするのだけれど」
「ええっ!?」
突然の爆弾発言に、ボクはふかふかソファに埋まりかけていた体を強引に引き起こす。
「ちょっ!?ママン、それっていつ?どこで誰から聞いたの!?」
はぐれドラゴンを撃退した後の会話で、集落の皆が怪しい思想に共鳴するようなことはなさそうだとは判明していた。しかし若手ドラゴンたち以外からの拡散ルートがあったとすれば、最悪敵が集落の中に入り込んでいる可能性もあるので一大事だ。
「エルネ、落ち着きなさい」
とボクをたしなめるパパンの表情も硬い。
「それで記憶は辿れそうかな?」
「ちょっと待ってね。……誰かから聞いたという類ではないわね」
「んう?どういうこと?」
謎かけか何かですか?
「読んだ、ということではないかな。つまりいずれかの本に書かれていた」
「ああ、そうよ!それだわ!」
あ、なるほど。本ね。前世では縁がなかったから、完全に盲点だった。顔もなければ腕もない、だけど足と尻尾はあるという謎生物だったから、調べ物といえばお母さんたち任せだったのだよねえ……。
ちなみに、ドラゴンの集落には規模に不釣り合いな巨大な図書館が街の中央にででん!と鎮座していたりします。それもこれも皆が大好きな冒険譚を集めて、いつでも読めるようにするためだというのだから恐れ入るよ。
「だが、そうなると『ドラゴン至上主義』そのままではないだろう」
「どうして?」
「冒険譚に登場するドラゴンは基本的に倒すべき敵として描かれているからさ」
「そうね。だからこそ『野薔薇姫物語ー仮面騎士の章ー』での幼竜との交流にはキュンとしちゃったわ」
「うむ。そうだな」
二人揃って遠い目をしている……。どんだけ好きなのよ。
まあ、「血と絶望に満ちた顔が何よりのご馳走!」な破壊と殺戮の化身ではなかったことを喜ぶべきかしらん?
「はいはい。二人とも戻ってきてねー。でも、『ドラゴン至上主義』じゃないなら、結局ママンが見たのは何だったの?」
「そこなのよ。似ていたのは確かなのだけど……」
ドラゴン絶許主義とか?……ないか。そもそも敵役なのだからやっつけて当たり前だしね。
「ドラゴン、ではなかった気がするの」
残るは『至上主義』?
正解かどうかはともかく、当てはまる単語は多そう。
「これ以上は想像では難しいな。明日にでも二人で図書館に行ってみるといい」
「ええ、そうね」
「え?ボクもですか!?」
「エルネちゃんも読み書きくらいはできるようにならないと。外の世界に出たいのであればなおさらよ」
「う……。はい」
旅に出るというわがままを受け入れてくれた上に、心配までしてくれているとなれば首を縦に振るしかない。
なお、ママンがこれほど強引な態度だったのは、文字が読めない書けないために騙されるという展開が物語の割とよくある導入の一つだからとのことだった。
そして翌日、図書館の前で建物の大きさに驚き、中に入っては蔵書の数に目を丸くし、というやり取りの経てさっそく本探しを開始する。
え?文字の読み書き?……なぜだかできちゃいました。これも前世の記憶があることと関係しているのかな?
「きゃー!凄いわ、さすがはエルネちゃんね!」
とママンが大興奮して館内にいた皆から叱られたのは、母子揃って忘れ去りたい黒歴史と言えるのかもしれない……。
「あの、ママン?あっちの方だけやけに寂れていないかな?」
「向こうには禁断の魔術書だとか焚書されそうになった学術書や歴史書とかが置かれているのだけど、誰も興味がないから放置されたままなのよねえ。定期的に掃除や傷みがないかの確認はしているそうだから問題ないわ」
「ええぇぇ……」
そんなやり取りをする一幕を挟んだりしながら、それらしい記述がないかを探していく。
とはいえ、大国の図書館に匹敵する蔵書量だ。そう簡単にお目当てのものが見つかるはずもなく。
「ぐふう……」
文字と睨めっこすることに慣れていないボクは、長机の隅っこの席で早々にグロッキーになっていた。
「あらあら。エルネちゃんの意外な弱点が見つかっちゃたわ」
クスクスと笑いながらも猛スピードでページをめくり続けるママン。
普通なら本が傷んでしまいそうだけれど、そこはドラゴンたちだ。人化していても怪力であることを自覚していた彼らは、特別に丈夫な紙を作り出し、それを使って写本した物を閲覧できるようにしていたのだった。
もちろん、読む人がいないあの一角の本たちは除く。
それはともかくとしてボクのことだ。実はグロッキーになっているのには、もう一つ重大で深刻な理由があった。
ざっと目を通すだけでいいとはいえ、やはり重要な描写や場面となると印象に残ってしまう。つまり、謎解きや結末ばかりが頭の中に蓄積されていくことになるのだ。
「……ぐぬぬ。流し読みしてネタバレが続くのがこんなにも辛いだなんて思わなかったですよ」
ママンたちが大絶賛していた例の幼竜とのシーンなんて感動で涙が止まらなくなるはずなのに、「そっかー」と淡白な感想しか思い浮かばないとかもう色々と台無しだと思う。
「ボクは今世界中の本好きから非難されることをやらかしているのではないでせうか?」
「うふふふふ。エルネちゃんたら大袈裟ねえ。それに本当の本好きなら無言でもう一度本を差し出してくるわよ」
「もう一度最初から読み直せってこと?それはそれで怖いんですけど……」
そ、それに今はほら、黒幕に繋がるかもしれない情報を探すことを優先しないと、ね!
うすら寒い感覚に襲われたボクは、お胸様の反発を利用して慌てて机から上体を起き上がらせて作業に戻る。
「うー……、あれ?また『野薔薇姫物語』だ」
さっきからこのシリーズばかりが続いている?記憶に残っていたのだから、その選択も間違いではないのだろうけれど……。ま、まさか、ママン、こっそりとボクに布教しようとしていない!?
「あったわ」
「え?」
「ほら、エルネちゃん。ここよ」
〇パパンたちのお名前(現段階での設定なので、後々変更する可能性ありです)
正式には役職名みたいなもの。
・パパムート … 長。
・ハハムート … 長の配偶者。代替わりした際に元の名前に戻る。
・ババムート … 先代長。




