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15 乱入者

 合図だった火球が炸裂したと同時に、クレナさんは人化を解除してドラゴンへと姿を変じていた。

 黒幕だった声の主が語った通りであれば、マジックアイテムはバリスタから打ち出される巨大な矢の先端に括りつけられて飛来するはず。ならばその矢を受けることで被害を軽減することもできるだろう。

 彼女はその身を犠牲にしてでも生誕の地を守り抜く覚悟を決めていた。


「……………………」

「……………………」


 だが、そんな悲壮な決意とは裏腹に、何も起こらないまま時間だけが流れていく。

 いつしか生誕の地には気まずい空気が充満していた。


「ど、どういうことよ!!」


 ついに耐え切れなくなった声の主が叫び出す。とはいえ、どういうことだと問いたいのはどちらかと言えばクレナさんの方だっただろう。


「何をやっているのよ、あのドワーフ――」

「へえ。この世界のドワーフってこんなに大きいんだ」


 ヒステリックに叫ぶ声を遮るように、ドサッと首のない人型の死体が落ちてくる。それは二メートルをはるかに超えて三メートル近くにまで達していた。


「ヒッ!?」

「声をかける暇もなく襲い掛かって来るし、この大きさだからてっきりオーガか何かだと思っていたんだけどな」

「エルネ様!」


 はいはい、エルネちゃんですよ。投げ落とした死体のそばにシュタッと降り立つ。


「ねえ、クレナさん。こっちの世界のドワーフってこんなに大きいものなの?というかそれ以前にこの寒さの中でこんなに薄着でいられるとかおかしくない?」


 実はこいつ、大型の獣の毛皮を一枚巻きつけているだけという、雪山を舐めているとしか思えない恰好だったのだ。


「……いいえ。ドワーフは背の高い者でもヒューマンの女性よりも少し低いくらいです。そのような巨体になることはありません。ですからそれはエルネ様が先ほどおっしゃられた通りオーガ、その中でも進化をしてより強靭な体になった個体でしょう」


 なるほど、だからあの見ている方が寒くなりそうな恰好でも凍えずにいられたのか。凄いね、オーガ!ドラゴンの牙を砕き折るハルバードにかかればあっという間に首チョンパだったけど。


「ということらしいけど、そこのところどうなのかな?」


 じっととある一点を見つめながら言う。さっき叫んだ拍子にほんの少しだけだが、空間が揺らいだように見えたのだよね。

 ……ふうむ。さすがにこれまでドラゴンを相手に暗躍を進めてきただけあって、これくらいでは尻尾を出さないか。それともまだ言い逃れができると思われているのかな?


「たまたま山を越えてこちら側に入り込んできていた関係ないやつ、だとは言わせないよ。こいつのすぐそばにはこんな物もあったしね」

「ほわあぁぁ!?」


 アイテムボックスから巨大なバリスタを取り出した途端、奇声が上がる。続けて「ナンデ!?バリスタナンデ!?」とか言い出しそう。


「あ、マジックアイテムだっけ?そっちは別に回収してあるから安心していいよ」


 とんでもな危険物だったようだし、アイテムボックス(ぽっけ)にナイナイしておきましょう。


「……な、ななな、なな」


 おー。これには動揺したのか揺らぎが大きくなってきたぞ。これなら確定と考えても良さそうかしらん。


「ふうんぬっ!」

「ひぎゃぷっ!?」

「あ……」


 うおっと、ボクが動くよりも前に蒼い龍の突進によって揺らぎから人影が弾き出された。


(いっ)たたたた……。よくも好き勝手にやってくれたわね!」

「アオイ!無事だったのですね」

「全然無事じゃないわよ!」


 クレナさんの言葉に、うがーっと反論するアオイさん。まあ、それだけ言い返せるなら十分だと思うけどね。むしろ無事じゃないのはドラゴン形態の彼女に撥ねられた黒幕カッコカリな人の方でしょう。

 あと、いくら鬱憤がたまっていたからとはいえ、あの掛け声はレディ的にどうかと思うの。


「……う、ぐ、うぎぎ。な、なぜだ?」


 軽く数メートルはかっ飛ばされたはずの人影が立ち上がる。

 女性、かな?紫がかった長い黒髪から覗くのは整った顔立ちだった。しかし切れ長の瞳からの眼差しは怜悧だし、肌の色は病的なまでの白さと全般的には不気味な印象となっていた。更に口元はきつく真一文字に結ばれているにもかかわらず長い犬歯が見え隠れしているかと思えば、もう一つおまけに髪の間からは捻じ曲がった角のようなものまで生えているではありませんか。


 大陸最高峰を超えて内側にまでやってきている時点で既に並の相手ではないこと間違いなしとはいえ、アオイさんのあれを喰らっておいてほとんど無傷で立ち上がりますか。


「この私の、悪魔フェルペの策をどうやって見破ったあ!?」


 ほほう、悪魔さんでしたか。……初めて聞くね。

 まあ、それはそれとして。


「見破るも何も、あなたのそれ完全にパクリじゃない」

「!?!?……な、何を根拠にそ、そそ、そそそんなことを言っているのかしらぁ?」

「うん。白を切るつもりなら、その動揺を隠す努力もしようか」


 台詞は噛みかみで目は大海原を泳ぎっぱなし。だらだらと冷や汗も流れているし……、こらこら、吹けもしない口笛を吹く真似はよしなさいってば。

 ここまで怪しいと逆に演技ではないのかと疑いたくすらなるよ。


「……『野薔薇姫物語』」


 呟けば彼女の肩がピクリと跳ねる。


「の『外伝ー卑劣なる罠の章ー』」


 ビクビクビクン!今度は肩どころか全身を痙攣させるように震えているね。どうやら心当たりがありまくりのようだ。


「ど、どこでその名を……」

「ドラゴンの集落にある図書館だね」

「ふむ。『野薔薇姫物語』であれば正式ナンバリングタイトルだけでなく、外伝シリーズも有名どころは揃っているはずですね」


 冒険譚はドラゴンたちにファンが多いからね。人化の魔法が普及したのもそれらの物語を読むためだった、なんて冗談すらあるくらいだ。

 ちなみに、図書館にはその他にも学術誌や魔術書といった希少本も収められているのだけれど、誰一人として読む人はいないらしい。


「なんですってぇ!?ドラゴンは他種族のことなんて一切興味を持たないはずでしょうが!それがどうして図書館なんてものまで建てているのよ!?わ、私なんて十年がかりでようやく手に入れたというのに……」


 何やら打ちひしがれているフェルペです。なお、ドラゴンが他種族に対して興味がないというのも、あながち間違いではなかったりします。冒険譚は例外中の例外と言ってもいいだろうね。

 ただし、はぐれドラゴンだけではなく若手連中にも接触していたのだから、情報収集不足と言わざるを得ないところではあるかな。


 衣服?あれはもはや惰性でただ集めているだけでしょう。衣料品倉庫に入り浸っていて一番興味を持っているだろうアオイさんですら、棘付き肩パッドを激推ししていたくらいだ。

 ファッションの文化や流行に関心を持っているとは思えませんですよ。


〇『野薔薇姫物語』の『外伝』について

 分かりやすく言うと、非公認の二次創作同人のようなもの。中でも出来が良くぶっ飛んだとんでも改変がなく全年齢対象の作品群が『外伝シリーズ』と俗に呼ばれている。

 なお、アダルトな描写を含むものは『偽書』、その内BでLな内容のものは『偽典』と呼ばれているとかなんとか。

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