14 策動する陰謀
黒幕の調査に行き詰まり感を覚えていたある日、クレナさんとアオイさんが血相を変えて集落を飛び出していくという事件が起きた。
待望の新情報がもたらされた結果なのだけれど、それによればなんと黒幕が生誕の地を狙っているというのだ。
あそこはドラゴンが卵からかえるための大切な場所だ。奪われるにしても破壊されるにしても、大変なことになってしまう。嘘やブラフの可能もあったのだが、念のためにと二人が確認に向かってしまったのだった。
そしてそこで彼女たちは不気味な存在と遭遇することとなる。
「上から見た時と同じく、異常はなさそうです」
「ええ、そのようね。やっぱりブラフだったのかしら?」
降り立つと同時に人化した二人が、周囲を見回しながら言う。その言葉の通りおかしな所はどこにもない。
「フッ、ハハッ、アハハハハハハハハ!」
突如甲高く耳障りな笑い声が谷間に響き出す。
「まぁさか、あぁんな言葉に引っかかってのこのことやって来るだなんてぇ……。ドラゴンって図体ばぁっかり大きくてお頭の方はてぇんでからっきしよねぇ」
続いて今度はどこからともなく微妙に舌っ足らずで苛立ちを覚える声が聞こえてくる。
「どこの誰なのかは知りませんが、言ってくれますね」
「その言い方からすると、はぐれドラゴンやうちのバカて、もとい若手たちを唆したのはあんただってことかしら?」
「あぁら、びっくりぃ。気が付いちゃったんだぁ……。そうよぉ。強ぉいドラゴン様こそが世界を支配するべきだってあたしがぁ教えてあげたの!そしたらすぅぐにその気になっちゃってさぁ!可笑しいったらなかったわよぉ!」
再び甲高い笑い声が響く。
「あなたが黒幕でしたか」
「そんな話にホイホイ乗ったバカたちも悪いけどね」
渋面になって言葉を返す裏で、二人は密かに声の主の居場所を探っていた。
(ダメですね。まったく気配を辿れません。そちらは?)
(クレナがダメなのに私に分かるはずがないでしょう)
アイコンタクトだけで対話ができてしまうのは長年の腐れ縁ゆえなのか。しかし芳しい成果はないままだ。そこでアオイさんは揺さぶりをけてみることにした。
「私たちを馬鹿にする割に姿も見せないのは、しょせんは隠れるだけしかできない臆病者ってことかしら」
「ッ!……ふぅん。少しは頭の使い方を知っているやつもいたんだぁ。でぇもぉ、残念でしたぁ。あたしはそんな安っぽい挑発には乗らないの!」
一瞬苛立った雰囲気を漂わせたものの、反響する声はすぐに元へ戻ってしまった。そのまま煽り続けるべきかと逡巡したアオイさんだったが、クレナさんが首を横に振って止める。
現段階では判断材料が声だけしかないのだ。演技の可能性もある以上、あまり一つの手に拘り過ぎれば逆に自分たちの首を絞めることにもなりかねない。
「本当に隠形特化なんじゃないの?」
「そう決めつけるのは危険ですよ。わざわざこれ見よがしな糸を垂らして私たちをおびき寄せたのですから、少なくとも我々を倒したりここに縛り付けたりする算段があると考えておくべきでしょう」
だが、単に引き下がってはあちらを調子付かせることにもなりかねない。アイコンタクトではなくわざと口に出すことで居場所探しを諦めてはいないと暗に告げると同時に、思惑はお見通しだと揺さぶりをかけ続けるのだった。
そして、その揺さぶりは二人が思っていた以上に効果を発揮した。
「はぁん。……あんたたちはどうやら他のやつらとは頭の出来が違うみたいだね。まっ、邪魔者を早く退場させられると思えば悪くはないか」
声の主の口調が変わる。
「そっちの赤色の髪が言った通り、あんたたちみたいなのをおびき寄せるためにわざと情報を流したの。どうして?もちろん始末しておくためさ!」
「魔力が?」
「そこか!……なっ!?」
魔力高まりを感じ取ったアオイさんが飛び出して腕を振るう。しかしそこに予想した感触はなかった。それどころか、
「アハハハハ!ざんねぇん!!」
「くうっ!?」
「アオイ!?」
ゴウッ!と火柱が上がり業火が彼女の身体を包み込む。人化しているとはいえドラゴンである彼女にとっては火柱程度そよ風同然、そのはずだった。
「体を焼かれる気分はどう?……ウフフフフ。効くでしょう。なんといってもドラゴンにも通用するように開発された魔道具だもの!」
「ぐああ……!」
堪らずドラゴンの姿へと戻るアオイさん。その影響で炎は消えたものの体力をごっそりと奪われたのか、ぐったりとその場に蹲っていた。
「アッハハハハハハ!最強の種族ドラゴンが聞いてあきれるわぁ!なぁんて無様なのしら!」
「貴様あ!」
「あら?ここはあなたたちにとって大切な場所なのでしょう?暴れてもいいのかしらぁ?」
「くっ!」
投げかけられた言葉にクレナさんの動きが止まる。物言いこそ挑発じみたものだったが、それは正鵠を射ていた。ドラゴンの怪力で暴れ回れば生誕の地が荒れ果ててしまいかねないのだから。
とはいえ、それらは決して彼女たちを案じてのものではなかった。
「大事なもの、大切な場所。なぁんてつまらないのかしら。そんなもののために力を出し切れなくなるだなんて。ねえ、そうは思わない?」
「…………」
「だ・か・らぁ。壊してげる」
「なにを――」
「そこの蒼いドラゴンを倒したマジックアイテムだけど、あれには威力が高すぎて封印された試作品があったのよ。実験を行った町が半分焼け野原になるほどでね。いくらドラゴンを倒すことができたとしても、周りの被害が大き過ぎると宝物庫の奥にしまい込まれていたのよねぇ」
突然の語りに怪訝な顔をしていたクレナさんだったが、終わる頃にはその意味を理解して探るような視線を辺りに彷徨わせていた。
「アッハハハハハハハ!無駄よムダ!!探したって見つかりはしないわ。だってここにはないんですものぉ!」
そんな彼女の行動を、声の主は姿を見せないまま嘲笑う。
「どこにある!答えろ!」
「うぅん、そうさねぇ。知ったところでお前にはどうにもできないのだから、教えてやっても構わないかしら。マジックアイテムがあるのはここから離れた場所さぁ。バリスタの先端に取り付けられていて、ドワーフの仲間が今か今かと発射の合図を待っている頃さ。こんなふうにねぇ!!」
言い終わるや否や、火球が放たれてはるか上空で炸裂した。
「さあ、止められるものなら止めてみな!!」
破壊を呼ぶ狼煙が風にたなびいていく。




