12 ドラゴンは怠惰系
クレナさんたちに事後処理を任せて、ふよふよと徐々に高度を下げていく。
なお、若手への黒幕の聞き取りは再訓練という名の肉体言語で行われるもようです。やらかしたことを考えれば厳罰でもおかしくないところなので、そういう意味ではかなり温情のある処置だと言えそうね。
まあ、「死んだほうがマシだ!?」と絶叫するような内容らしいけれど。
地上の集落――村どころか街ほどの規模なんだけど――で視界が埋め尽くされたところでお祖母ちゃんから手招きされる。どうやら屋敷前に集まってきた人たち――皆ドラゴンなんだよねえ……――にパパンが事情を説明しているようだ。
「ちょうどいいからエルネの紹介もしておこうと思ってね」
ううん、この何とも言えない便乗感よ。とはいえ、改まった場を整えられて挨拶というのも性に合わない。このくらいの適当さ加減がちょうどいいのかもしれない。
「エルネちゃん、こっちよ」
お祖母ちゃんからママンにエスコート役が交代して、そのままパパンの隣へと進んでいく。ざっと数百人ほどだろうか、向けられた視線に込められている感情の大半は興味や好奇心といったところかな。
為人が分からない上に戦闘直後ということを考えれば、かなり良い方の部類だと思う。最悪、恐怖されたり嫌悪されたりした可能性だってあったのだ。
「来たな。……皆、改めて紹介しよう。私たちの娘のエルネだ。実はまだ卵からかえったばかりなのだが、この通りドラゴニュートとなる」
パパンの言葉に聴衆がざわつく。やはり集落全体から見てもパピーではない子どもというのは相当に珍しいもののようだ。
「はぐれの連中と揉めていたようだが?」
「うむ。やつらはエルネの外見が気に入らなかったらしい」
初老のおじさんが発した質問は、皆が感じていたことなのだろう。あちこちから合いの手が上がっていた。それに対してパパンが答えていく。
そのやり取り自体は至って真っ当なものなのだけれど……。若手ドラゴンたちについてはどちらも完全にスルーですかい。まあ、さっそくとばかりにアオイさんやその仲間のドラゴンたちに追い掛け回されて悲鳴を上げていたから、触れたくない気持ちも分からなくはないのだけれど。
「皆も聞いたことがあるかもしれないが、あやつらはドラゴン至上主義とかいう思想にのめり込んでいたようだ」
「なんだね、それは?」
「簡単に言えば、最強の種族である我らドラゴンこそが他種族を従えて世界を統べるべきだ、というものであるようだな」
だからドラゴンっぽくないボクのことが気に入らなかった、と続く訳だね。
「確かに我らドラゴンはこの世界でも最強の一角であろうな」
「なるほど。確かにそこは理解できる、というか当然のことじゃ」
ややもすれば自慢のようですらあるが、ドラゴンが強いのは当たり前のことだからね。
「だが、他種族を従えて世界を統べるだと?……そんなこと真っ平御免だぞ」
「ああ。なにを好き好んでそんな面倒な真似をしなくちゃいけないんだって話だぜ」
おや?完全に風向きが変わった?
「お前たち……。私は極一部とはいえその面倒なことをやらされているのだが?」
「うむ。長には常々感謝しているぞ」
「そうだぞ。だからできるだけ長く務めてくれ」
あらー。パパンの嫌味も華麗に流されてしまってるよ。
ともかく結論。ドラゴンたちは野心もだけどノーブレスオブリージュとも無縁でした。まあ、一体でもそこにいるだけで抑止力になってしまうような存在だしねえ。これくらい緩くて適当なくらいでちょうどいいのかもしれない。
「しかし、ドラゴン至上主義とは……。一体どこのバカがそんなことを言い出したのやら」
「少なくともそこらに転がっているバカではないことだけは確かだろうさ」
「ははは。違いない。だが、それを言うなら逃げ出したやつらも同じではないか?」
「むむむ?つまり、真の黒幕は別にいるということか!?」
「ほほう。それはなかなかに燃える展開ではないか。『グラシオス冒険記』のようだな!」
「何を言う!冒険譚と言えば『南海覇王伝説』だろう!」
「やれやれ。野蛮な男どもはこれだからねえ。『野薔薇姫物語ー仮面騎士の章ー』を読んでから出直してきな!」
会話の内容が明後日の方向へ激走しているのですが!?
というか、どの物語もすごく気になるよ!?
「はいはい、みんなお喋りはそのくらいにして」
パンパンとママンが手を叩くと、活発になっていた冒険譚談義はすぐに収まってしまう。そんな聴衆の様子を確認してから再びパパンが口を開く。
「誰に唆されたのかだが、アオイたち守備隊が本人から聞き取りを行っているところだ。直に詳細が明らかになるだろう」
「ああ、それであれだったのか。まあ、若い連中にはいい薬だろう」
断末魔並みの悲鳴が聞こえてくるのだが、助けに入るどころかとりなしてあげようという人もいないみたい。さすがにはぐれドラゴンと一緒になっての行動は目に余るということだったのかもね。
それにしてもボクが言わなくても聞き取りは行われる予定だったのか。ちょっと安心した。
「さて、改めてになるが、これからはエルネもこの集落で共に暮らすことに――」
「ちょっと待ったあ!」
それは聞き捨てならないよ、パパン!
「どうしたのエルネちゃん?」
「はい。今すぐにじゃないけど、ボクは旅に出たいです!」
だって新しい世界だよ!見たこともない景色や、不思議な出来事がいっぱいだよ!
旅に出ないでいられようか!という気持ちを熱く語ってみました。
「う、うむ。そうなのか……」
パパンと集落の皆さんにドン引きされました。推しの冒険譚について熱く語らっていた人たちにまで引かれたのは解せぬ。
「エルネちゃんのやりたいことなら応援したいけれど……。でもでも、集落の外に行くなんて危険だわ」
そしてなんとなく予想は付いていたけれど、ママンは過保護気味なところがあるみたいね。
どんなことがあっても大丈夫だなんて根拠のないことは言えないけれど、はぐれドラゴンたちを相手に戦っても怪我一つ負わなかったのだから、もう少し信頼して欲しいところです。
まあ、それもドラゴン至上主義を広めようとした謎の黒幕をどうにかしてしてからの話だ。さすがにこの怪しい何者かを放置しておくのは気掛かりになってしまいそうだからねえ。
〇冒険譚いろいろ
『グラシオス冒険記』
北方の大帝国コルキウトスの建国前日譚を面白おかしく脚色したもの。全三巻。
建国の父であるグラシオスやその仲間たちが各地を支配する魔物を倒して回る熱血冒険活劇。が、現実の方は策謀と計略が繰り広げられる暗鬱とした状況だったとか。
登場する三体の魔竜は、建国の際に撃ち滅ぼした三人の大領主を暗喩したものだと言われている。
『南海覇王伝説』
架空の異世界を舞台に、とある商会へ奉公に出された少年が船乗りとなり、やがて海洋国家の元首に成り上がっていく物語。全八巻。
繰り返される海竜ジャネフとの激闘は中盤最大の山場で、一巻の海賊の宝を発見する場面や八巻の周辺国の連合艦隊を次々に打ち破っていく場面に並んで人気がある。
『野薔薇姫物語ー仮面騎士の章ー』
その昔、西方に栄えていたロザルォド大王国のアンリ姫を主人公にした作品群。原作者は亡くなっているのだが、弟子や愛好家によって新たな物語が生み出され続けているという息の長い作品。正式にナンバリングタイトルとして認可されたものだけでも五十冊を超えている。
仮面騎士の章はアンリ姫が仮面騎士に扮して王都にはびこる悪人どもを成敗していくという内容で、原作者によって書かれた七冊の中でも特に人気のあるお話。幼竜ブルームとの出会いと別れは涙なしには語れない。




