105 タネが分かれば
寵姫に化けたなにかがこちらの攻撃に対して唯一大きく反応して見せる箇所、それは足元にあった。きっとそこに幻を解く鍵のようなものがあるのだろう。
そうとなればさっさと化けの皮を剥いで、とか考えていたところに思わぬ邪魔が入ることに。
「陛下方に刃を向けるとは不届き千万!このエッセ・コモノーが御身を守る盾となりましょうぞお!!」
とか叫びながら、貴族の一人がこちらへと這い寄ってきたのだ。
あ、うん。腰が抜けていたか何かでまともに歩けなかったみたいです。股間のあたりとか這いずった跡が濡れていることから、状況はお察しということで。台詞だけは威勢がいいのが、かえって滑稽さを際立たせてしまっているね。
声から察するにどうやら許可もえずに文句をつけてきたあの人物のようだ。先ほどはシュネージュルちゃんとアルスタイン君の二人からの反撃に醜態を晒すだけになってしまったので、改めて忠臣アピールをしようと企んでしゃしゃり出てきたもよう。
それにしてもあの言いよう、明らかにボクだけを敵対視しているよね。寵姫の暴露を聞いていなかったのかしらん?一瞬、こいつも精神操作を受けているのかと疑念を抱いてしまった。
まあ、違ったのだけれど。どうしてそう言い切れるのか?答えは簡単、寵姫によって蹴り殺されそうになったためだ。
「うるさいわね!」
「っとお!?」
「ひいっ!?ちょ、寵姫様なにを!?がげふぼっ!?」
その一瞬を突かれたために反応が遅れて、危うく救出が間に合わなくなるところだった。
「チッ!邪魔しやがって!」
「あっぶな!もう少しで床に落とした完熟トマトみたいになるところだったわ」
まあ、その分力の加減ができずに煌龍爪牙の柄で思いっきり殴りつけるようになってしまったのだけれど。吹っ飛んだ先でぴくぴく動いていたから、多分きっと大丈夫なはず……?
「ひいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああ!!!?!?」
貴族たちがいた方から高周波音声兵器かと思えるほどの強烈な悲鳴が上がる。寵姫から発せられる邪気に当てられていた者たちがようやく再起動し始めたらしい。
この調子で近衛騎士たちが加勢にきてくれるのか?と思いきや彼らは玉座で気を失っていた王や近侍たちを連れて部屋の隅へと移動していた。いや、その行動も決して間違いではないのだけれど、一人の応援もないというのはちょっとどうなの?
「まあ、助太刀に来られても邪魔になるだけだった気もするけどさあ……」
などと半分愚痴っぽいことを言ってみたり。長らく平和を享受していたせいで領地や国を守るという貴人の責務や矜持が失せてしまっているとか、皮肉にもほどがあるというものですよ。
まずは自分たちが今どれだけの危機に直面しているのかを実感させるところからスタートするべきかしらね。
「という訳で、そろそろ正体を明かさせてもらうよ!」
「何度やろうと無駄、なんですって!?」
ハルバードを袈裟斬りに振るったのはフェイントで、本命は絨毯の表面をこするように下方から振り上げられた右脚によるゼロ距離【裂空衝】だ。これまでとは異なり存分に魔力の乗った一撃に寵姫の姿が大きく揺らぐ。しかしそれもすぐに収まってしまった。
「グウウウ!……フ、フフフ!悪くない攻撃だったけれどそれくらいでは私は倒せない――」
「あれで終わりだと言った覚えはないのだけれど?」
やつの言葉を遮って槍斧が足元を薙ぎ払う。
パキン。
硬質な音を立てて何かが壊れる。そう、先の【裂空衝】はダメージを与えることが目的ではなく、被った幻を消し飛ばして要となるアイテムを発見することにあったのだ。一度でもその在り処がはっきり分かれば、再度隠されようとも位置の特定はたやすい。
次の瞬間ライザさんそっくりの寵姫の姿は消え失せて、幽鬼のような輪郭からそれぞれのパーツの全てが不明瞭な存在だけがその場に残されていた。
「……なるほど、肉体を持たない精神生命体って感じかな。道理で物理攻撃の効きが悪い訳だわ」
加えて特有の不快な気配も濃密になったことから、悪魔であることは決定的になった。それにしてもゴーストを始めレイスやリッチ等々肉体を持たない魔物は複数存在しているとはいえ、悪魔って何でもありですか?
樹林で倒した少女悪魔も超回復などというトンデモ能力を持っていたしねえ……。フェルペの猛毒を生み出す能力が可愛く見えてしまうほどだわ。
「おまっ、おまおまお前ー!よくも破壊してくれたわね!このマジックアイテムを手に入れるまでどれだけの時間と手間がかかったと思っているのよ!!」
「知らないし、どうでもいい。というか、自分たちは好き勝手しているくせにやり返されたらキレるとかカッコわるすぎなんですけど」
「ムキー!!」
ボクの正論に言い返すこともできずに霊体悪魔がキレ散らかす。この身勝手さもまた悪魔らしいと言えるのかも。
「ちくしょう!こうなったらここにいる全員を殺して――」
「やらせないから」
「ガフッ!?」
即座に飛び上がって【流星脚】を叩き込む。自暴自棄になって皆殺し、なんて短絡的な判断をするのは悪者の定番ですので。しっかりと魔力も乗っているのでかなりの痛撃になったもよう。仕掛けのタネが分かり、それに対応できる手段を持っていればこんなものだ。
「ど、どうしてなのよ……。私の計画は完璧だった。王を操り貴族どもを騙し、全てが上手くいっていたはずなのに……」
よろめきながら悪魔が言う。が、不穏な噂が他国にまで流れていた時点で完璧からは程遠い拙い策謀だったと思うよ。
殺されなければ死ぬことはないとされており、個の強さでは悪魔は人間種をはるかに上回る。だからそこに胡坐をかいて見下してしまうのだろう。そして思わぬポカをやらかして足元をすくわれる訳だね。
あとは悪魔の性質である他者の負の感情を糧にするという部分も、見事に足枷になっていた。こちらの攻撃が効かず絶望するさまを見ようと企むことなく最初から本気で反撃をしてきたならば、さしものボクでも少しくらいは苦戦することになっていただろう。
何せボクの本能が「触れられるのは危険!」だと警鐘を鳴らしたくらいだからねえ。多分、霊系の魔物によくあるドレインタッチ的な攻撃手段を持っていたのではないだろうか。
「一言で言うなら、油断大敵ってね」
これでもかと魔力を注ぎ込み生み出した【ファイア】で悪魔を包み込む。〔基礎魔法〕でも大量の魔力を込めれば攻撃魔法に匹敵する威力を得られるのですよ。
まあ、効率が悪いのであまり知られてはいないのだけれどね。
「アアアアアアアアアアアア!!ちくしょうチクショーーーー!!」
怨嗟の叫びを最後に、ディナル農耕国を混乱と戦乱に引きずり込もうとしたモノは呆気なく炎の中に消えていったのだった。




