104 なぜ己が悪事を語るのか
フェルペしかり樹林で倒した少女悪魔しかり、悪魔という存在は自分の悪事を語るのが大好きだったりするのよね。理由は先だって述べた通り、わざと計画を明らかにすることによってはめた者たちから負の感情をより一層引き出すためだ。
性質が悪い上になんとも悪趣味なことだよねえ。まあ、それで正体も判明するし勝手に自白してくれるのだから、状況によっては手間が省けて便利なのだけれども。
例えば、今のように追い詰めた時などだね。
もっとも、あちらは後がなくなっているなどとは微塵も思っていないようだったが。きっと「本気になれば簡単に皆殺しにできる!」とか考えているのだろうね。
「せっかく王に取り入って傀儡にして、開戦派の連中を焚きつけることにも成功したっていうのにさ!なり替わった本人が現れたら全部台無しだよ!」
吐き捨てるように寵姫に扮した偽物が言う。この辺りは聞こえていた噂の通りということか。焚きつけられた開戦派に属しているのか、一部の貴族たちだけでなく近侍の数名も青い顔をしている。
あー、これはもしかすると計画の片棒を担いでいたり、独断で自分たちの利になるよう動いたりしていたのかもしれない。サバント侯爵家からの手紙を握りつぶすくらいのことはしていそうだよね。
余談だけれど、既に妖艶だった気配もかなぐり捨てているので、今は背筋に怖気が走るような不快さを垂れ流している状態だったりします。いやはや、顔の造形はライザさんにそっくりのはずなのだが、雰囲気が異なるだけで随分と違って見えるものだ。もはや誰もあれを彼女と見間違えることはないだろう。
「お前もお前だよ。せっかく生き残ったのにわざわざ王宮に舞い戻ってくるなんて!せっかく私が西方諸国の統一というこの国の悲願を叶えてやろうとしていたというのに!」
睨みつけられたライザさんを庇うように、ボクは彼女の前に出る。精霊の腕輪によって精神面の防御力が増しているとはいえ、監禁生活で疲弊した体力の方はまだまだ回復しきっているとは言い難いからね。
それに西方諸国の再統一、ロザルォド大王国の復権はどの国でもお題目に掲げられているものではあるが、今でも本気でそれを成し遂げようとしている者となると極々少数でしかない。主張している理想の美しさに溺れて現実が見えていない、頭の中がお花畑なやつといった扱いだね。
つまりしょせんは建前でしかなく、あいつの勝手な言い分でしかないのだ。
「そうやって責任をなすりつけながら場を混乱させようとしているのでしょう。互いに疑心暗鬼に陥れば、逃げるのが容易になるものね」
先に言っておくと、ボク的にはこの台詞は「逃がしたりはしない」という意味合いでしかなかった。
が、あいつはそうは取らなかったようでして……。
「この私が人間相手に逃げ出すですって!?舐めたことを言ってくれるじゃないか!!」
勝手に挑発と勘違いしてブチ切れてしまったのだ。
「え?沸点低くない?」
「うるさい!隣の不愉快な女ともども消し炭になるがいいわ!」
真っ直ぐ伸ばされた右手の先に魔力が集まっていくのを感じる。いきなり強大な魔法攻撃!?ボクとライザさんどころか、貴族たちまで巻き添えになってしまうよ!?
いやいや、まだ正体もバレていないというのに――ほぼ間違いなく悪魔だろうけれど――なりふり構わなくなり過ぎでしょう!?それとも関係者を全員亡き者にして、堂々と好き勝手するつもりなのか?
「どちらにせよ、やらせる訳にはいかないね!」
煌龍爪牙を取り出しながら、十数メートルの距離を数拍で走り抜けていく。
「消えろ!」
「なっ!?マジックキャンセルですって!?」
斧刃を叩きつけて集まりつつあった魔力を散らす。ぶっつけ本番でやったけれど上手くいったようだね。
魔力とは世界に遍在しているものであり、突き詰めていけば個々人の魔力の強弱とは、それらを適切かつ思い通りに操作する能力だと言える。よって魔力を集めているところに、より強度も精度も高めた状態で横槍を入れることによって妨害をすることだってできてしまうのだ。
まあ、言うは易しというやつなのだけれどね。長時間の集中が必要になる魔法なんてそうあるものではないし、そうした場合は自陣の奥など安全な場所で行われるのが一般的なので。あとは力量不足の未熟者が自身の丈にそぐわない大魔法を発動させようとした時くらいなものかしら。
今回の場合は……、あえて発動までの時間をかけることで怯えさせようとでもしたのだろう。うん、やっぱりこいつ悪魔で確定していいと思うよ。
「正体を……、見せろ!」
驚いて動きが止まっているのをいいことに、槍穂を心臓へと突き立てる。が、その感触は極めて薄い。しかも今度はこちらの困惑の隙を突くように、首元へと腕を伸ばしてくるではないか。
捕まるとヤバイ。本能の警報に従い転がるようにして横に逃げる。その際、突き刺さったままだったはずの刃がすり抜けるようにその体を通り抜けていた。
「無駄よ。どんな武器も私を傷つけることはできないの」
優位性を自覚したのか寵姫だったものがニタリと笑う。出血どころか傷そのものが見当たらない。
物理無効ということ?あの微かな手応えは無意識に攻撃に乗せていた魔力によるものだった?……悪魔だけあって一筋縄ではいかないということか。
ライザさんの姿を模したままだということも関係があるのかもしれない。
「無駄かどうかはボクが決めることだよ!」
そう言い放ち今度は魔力を付与しないよう気を配りながら、突き斬り叩き払いと煌龍爪牙による攻撃を続けていく。
「アッハハハハハ!学習もできないなんてとんだおバカさん」
すぐそばで耳障りな声がするけれど気にしない。そうこうしている間にいくつかのことが分かってくる。
やはり、かすかではあれども手応えはあるのだ。それにこちらから攻撃を繰りだしている限り、こいつはこの場に留まらざるを得ないらしい。
どうやら完全な物理無効という訳ではないようだね。
加えて、とある場所への攻撃にだけはやけに反応する様子を見せていた。もっとも、あちらはそんなことには気が付いておらず無意識の行動のようだけれど。
恐らくはその姿を維持するための何かがあるのだろうね。傷跡もさることながら、これだけ切り刻んでいるのに衣装や装飾品までノーダメージで感触がないのだ。幻的なものをまとっていることは間違いない。




