103 解説回です
ライザ・サバント。それが樹林に捕らえられていた女性の正体だった。
ボクは元よりそれ以外の面々もドコープの人間だから、あえて素性が知れるような事柄には触れないようにしていた。
しかし、悪魔がその食指を伸ばしているとあっては悠長なことは言っていられないと、彼女の方から名を明かしてくれたのだった。
ただし、これによってボクたちドコープ組はディナルの問題にどっぷりと巻き込まれることが決定してしまった。
彼女はそれを狙っていた?うん、十中八九その通りだと思うよ。藁にでも縋りたいという思いもあったのだろうけれどね。
一方でこちらとしても大手を振って今回の問題にかかわれるのは望むところだったから、さっそく行動を開始することになる。
まずは情報収集と味方づくりのためにサバント家へと極秘にコンタクトを取ることにした。
どうやって?空を飛べるボクが宵闇に紛れて、ぱたぱたぱたーっとだね。
どうせ騎士の二人から報告されることなるのだ。ここにきて出し惜しみはしていられない。上手く立ち回れるように使えるものはどんどん使っていきますともさ。まあ、当然すっごく警戒されたけれどね。それこそ誘拐犯に疑われそうになったほどだ。その理由についてはまた後で話すとして、先にライザさんたちのことを詳しく紹介しておこう。
一言でいえば、彼女と実家のサバント侯爵家は複雑な立場にあった。
まずサバント家だけれど、元々は地方の伯爵位だったのだがおよそ四十年前にそれが一変することになる。その領地が新王都の遷都先として決定してしまったのだ。
高位に列せられているとはいえ一貴族が王命に逆らえるはずもなく、見返りとしてサバント家は侯爵位と旧王都近くの王家直轄地を代わりの領地として与えられることになる。同時に王家とも近しい立ち位置となり、宮廷内でも一際目立つ存在となってしまったのだった。
そしてライザさん本人だけれど、女性でありながら王宮内で文官として働く才女と言う一方で、なんと王の側室候補の一人でもあった。
ただし、こちらは家の意向というよりは王妃からの推薦といった面が強かった。正室である現王妃と彼女は幼い頃から実の姉妹のように育った間柄だったのだ。更にサバント侯爵家にはライザさん一人しか子どもがおらず、仮に先に男児を出産したとしてもサバント侯爵家を継がせると明言することで王位継承争いを防ぐことができるという思惑もあったらしい。
ただし、先日王妃の懐妊が確かになったばかりのため、側室入りするのはどんなに早くても数年は先のことになるとされていた。
なるほど。王家と懇意で個人的には王妃とも仲が良くて、しかも政務にも明るいとなれば、狙われないはずはないかと話を聞いた時に納得したくなったね。
あの偽物が寵姫の座に収まった時も、周囲からはその変わりようこそ驚かれたが立場的には順当なものだと思われていたそうだ。
もちろん、サバント侯爵たち家族はおかしいと気付いていたのだけれど。話を聞こうと面会を要求しても全て断られていたのだから怪しくも思うわよね。
何がどうなっているのかとやきもきしているサバント侯爵のところへ、一通の手紙が届けられる。そこにはライザさんを攫って捕らえていること、その証拠として彼女の髪が一房入れられていたそうだ。
調査を続けた結果、樹林の奥に捕らえられていることやそこへたどり着くための方位芯もどきを入手することに成功する。が、救出のために手を尽くそうにも寵姫となった偽物がいる手前、目立った動きはできない。そこでサバント侯爵が頼ったのが、あのピグミーの賊たちだった。
実は方位芯もどきを手に入れた例の人物は、元公爵家の使用人だったのだ。しかし手癖の悪さが災いして解雇されついには盗賊にまで身をやつしてしまったのだという。
裏社会の住人になったとはいえ一般人が侯爵に目を付けられてタダですむはずがない。一応、成功した暁には相応の報酬と生活の面倒を見るという条件を付けたらっしいが、やらかした過去を持つその人物からすれば、実質脅しのようなものだっただろうね。
さて、ここまで聞いてこう思った人も少ないのではないでしょうか。上手くいきすぎている、と。
ボクも同じだ。多分これ、悪魔がわざと有益な情報を掴ませたり、方位芯もどきを渡したりしていたのではないかしらん。
まあ、普通はそんなことをする意味がないのだけれどね。しかし悪魔が伝承に語られる通りであるなら、絶望をはじめ人の負の感情を好むという性質を持っているのであれば話は別だ。
樹林で出会ったあの少女悪魔は、ゴブリンとピグミーの賊たちを争わせようと企んでいた。そしてその勝者にライザさんを襲わせるつもりだった。
助けに向かわせたはずの者たちに乱暴を受けたと知れば、サバント侯爵たち家族はより一層の絶望に突き落とされたことだろう。本人は言わずもがなだ。
つまりは全てあいつの掌の上だった。唯一の計算外となったのが、ボクたちの乱入だったのだろう。
あくまでボクの想像ではあるのだけれど、当たらずしも遠からずだと思うよ。
唯一良く分からないのが、ライザさんのふりをして寵姫となった偽物との関係や繋がりなのだけれど……。
「チッ!あのバカめ、殺せと言っておいたのに!使えない!本当に使えないバカだわ!」
あ、この様子だと目的から何から全部ぶっちゃけてくれそうかも?
吐き捨てるように言うと、寵姫こと偽物が王の膝から立ち上がる。すると、だらしなく緩ませたままだった王の顔がすとんと表情を失くし、次いで糸が切れたようにカクンと頭が垂れ下がる。精神操作が切れたみたいだ。
更にゾワリと不快な気配が増し、渦を巻くように偽物の周囲を覆っていく。
さあ、近侍の人たちや近衛の騎士たち、今が不審者を捕らえる絶好のチャンスですよ!しかしボクの心の中での応援は届くことなく、周囲にいた連中は何もできないまま偽物に圧倒されていた。
つ、使えない……!とはいえ、集められていた貴族の中には腰を抜かしている者すらいたので、それに比べればまだマシだったかな。五十歩百歩だけれど。
やれやれ。役に立たないのであれば勝手に動くしかないよね。まずはうちの玉体たちを安全な場所へ移動させないと。
「アルスタイン様もシュネージュル様もお下がりください。二人をお願いします」
「お任せください」
「し、師匠!?」
「エルネ様!?」
交渉担当官殿に押し付けるようにして、子どもたち二人を部屋の隅へと逃がす。悪いけど今はいい子にしていてね。
さあて、ここからはボクの出番かしらね。あ、ついでにずっと頭を下げさせられていた恨みもぶつけさせてもらうから。




