102 反撃を始めましょう
ちょとちょっと!まじですか!?まさかこんな場所で二人の世界に入り浸っているの!?呆れを通り越してドン引きものなのですが!?
これでは他国の人間に恥をさらしているようなものだよ。
せっかく起死回生の策として「王様だけでなく貴族たちも集めて圧迫面接してやろ!ビビらせたらこっちのもんだぜ!」とか考えて発案した人も裏で涙目になっていることだろう。
まあ、半分以上はこちらがそれを上回っていただけだったり。むしろあのおバカと一緒になって、アルスタイン君とシュネージュルちゃんの二人に成長の機会を与えてくれて感謝ですらある。
しかし……、よくよく探ってみればどうにもおかしいことが分かってきた。
玉座の王もその膝に乗った女も気配というか存在感が希薄なのだ。
まず、王の方は心ここにあらずといった調子だ。魅了とか洗脳とかで自意識が薄くなっているとでも言うべきか。恐らくはその通りの状態なのだろうと思う。精神を操られているか誘導されていたりしているのではないかしらん。
問題なのは女の方だ。最初から偽物だということは分かっていたのだが、そこにいるのにいないような?見えてはいるけれど実体はない、まるで湯気みたいな印象だった。前世のうろ覚えの記憶によれば、お母さんいわくあれは水蒸気という気体の状態で……。うん、やっぱり訳が分からないわ。
あとはほんの少しだけれど魔力の乱れを感じられた気がする。〔基礎魔法〕を習得して以来、毎日コツコツちまちま使用し続けてきたからね。小さな魔力の変動には敏感ですよ。
一番ありがちなのはマジックアイテムを使っての変装・変化あたりかしらね。次点は自前の変身魔法か。そしてその正体だが、現段階では悪魔かどうかは定かではない。変身の効果なのかフェルペや樹林で倒した悪魔のような気色の悪い気配は感じられなかった。
まあ、こんな王宮の中にまで入り込んでくるやつなのだから、それくらいの対策はしているか。
悪魔の危険性は広く知られていて、それこそ過去にはいくつもの国が滅ぼされているという話だ。そんな伝承の中には王や国の交換になり替わって悪政を敷くというものもあった。当然悪魔を見破るための研究がすすめられ、玉石混淆ではあるものの様々なアイテムが開発、今日でも利用活用されているという。
ディナル農耕国のカール王家は、分離独立したとはいえ元を辿ればロザルォド大王国の大貴族だ。そうしたアイテムの一つや二つくらいは持っていたはずだからねえ。
え?それよりも女が偽物だと見破った理由が知りたい?
そうだね、いつまでも子どもたちの教育によろしくない、人目をはばからずイチャつく様子を続けさせるのも哀れだし、そろそろ暴露と解決に向けて動き出しますか。
ところで、ボクはずっと頭を下げたままなのだけれど、これっていつまで続ければいいのでしょうかね?
そんなことを頭の片隅で考えながら、コツコツと小さく踵を鳴らす。
隣で俯きがちになっていたもう一人の侍女が、緊張で体を固くするのが伝わってくる。
そして先陣を切ったのはなんとまたもやシュネージュルちゃんだった。
「あ、あの……!陛下と寵姫様の御熱愛ぶりはわが国まで聞こえてきていますの。ですから、ご無礼とは存じ上げますが是非ともご挨拶をさせていただきたく!」
胸の前で両手を組んで熱いまなざしを向ける様は、まるで恋に恋する少女のよう。
上手いなあ。自分の未成年の箱入り娘という自分の立ち位置を最大限利用できていて、しかも角が立ち難い。無作法とはいえ、これに応えられないようではかえって度量を疑われてしまうだろう。
もっとも、いくら王だと言っても呼びつけるように面会しておいてこれまで一言も話さないこと自体がおかしいのだけれど。
精神状態が異常な本人はともかく、それが理解できてしまう人たちは何とかならないかとあたふたし始める。贈り物爆弾による揺さぶりも効いていそうだわね。目録を読み上げた老齢の側近などアルスタイン君を縋るように見ている。
この場でシュネージュルちゃんのお願いを穏便な形で止めることができるのは彼だけだからねえ。まあ、その当人は場慣れしていないため「どうすればいいのか分からない!?」と困惑している風を全身で演じていたのだけれど。
という訳で、諦めて陛下並びに寵姫に挨拶するよう促してくださいな。仕方なしに玉座のすぐ近くにまで歩み寄り、王というよりも寵姫の方に話しかけている。
おーおー、これはまた分かりやすく不愉快な顔になっているではありませんか。上に立つ者は感情を隠さないとダメなのにね。
待つことしばらく、ようやく話が付いたのかご老人が一歩下がると、寵姫が面倒そうにこちらを向く。魔力の乱れが大きくなったから本当に面倒というか億劫なのかもしれないね。悪魔であることを隠蔽するのに追加の労力が必要になったのかもしれない。
「……遠い所からよく来たわ。お前がドコープの姫ね」
確かにシュネージュルちゃんは内々からは姫と呼ばれることもあるが、あんたの立場でそれを明言してしまうのは色々と問題あるのですが?
そんなことも分からないか理解できていない時点で、こいつは偽物確定である。
「あ、あの、寵姫様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
さすがのシュネージュルちゃんもこれには声が引きつってしまっている。それでも「はい」とも「いいえ」とも答えることなくさらに切り込んでいったのは偉い。あとでしっかり褒めて上げなくては!
「わらわか?わらわの名はライザ。ライザ・サバントよ」
はい。言質取った。ここからはこちらのターンだ。
「それは、それだけは絶対にありえません!」
凛とした声が謁見の間に響く。その発言者はボクのすぐ隣、もう一人の侍女だった。
「サバント侯爵家の一人娘のライザ、それは私のことです!」
目深にかぶっていたフードの下からは輝かんばかりの金髪が現れ、青い瞳は真っ直ぐに王の膝に乗った寵姫こと偽物を射抜いていた。
更に、外套をすとんと落とせばフロックコートにベスト、スラックスという男装姿が現れる。それを見た貴族たちから次々と驚きの声が上がる。出自もさることながら彼女の職場は王宮だったからね。この姿を目撃している人も多くいるでしょうよ。
そう、彼女こそ攫われて樹林に捕らわれていた、あの女性だったのだ。
〇エルネの足音
本編中の足音コツコツは、「悪魔未確定につき引き続き揺さぶりをかけて」という合図となります。
ちなみに、コツンと足音一回であれば「悪魔だと判別完了で撃滅に移るので避難せよ」の合図、という設定でした。
……え?いや今思いついたんじゃないですから!
先に考えていましたー!ほ、ホントだし!




