100 謁見
ひゃくわー。
ディナル農耕国の王都『シャルル』は遷都からまだ二十七年しか経っていない若く新しい都市だ。西の外海にほど近い丘を利用していて、頂きの王城からなだらかに続く街並みは新興ながらも風光明媚なたたずまいだ。
一方で、国土の西北西のほぼ端に位置しており、およそ中心にあった旧王都に比べると利便性はかなり悪いとされていた。実際旧王都には未だに多くの出先機関がそのまま残されており、王の住む居城という意味合いだけの飾りの街だと揶揄されることもあった。
このようにはっきり言って評判のよろしくない新王都がなぜ出来上がったのか?
それはひとえに放蕩王として悪名高い先々代のわがままのせいだ。先代の王が早逝してしまったのも、彼のしでかした様々なやらかしの後始末に忙殺されてしまったから、などとすら言われるほど破天荒な人物だったそうです。
……表向きはね。だって先々代さん、悪名高いと言われている割に新王都への遷都以外にこれといって具体的なやらかしが明らかになっていないのだ。
大っぴらにできないだけ?いやいや、それならなおさら様々な噂話がありそうなものだよ。それすらないあたり、どうにもわざと愚王としての評判を広めている節が感じられるのよねえ。
まあ、真実についてはいずれ知る機会もあるでしょう。
余談ですが、シャルルという名前は大王国から分離独立した初代国王から拝借したものだとか。
さて、樹林より帰還して本隊へと合流してからおよそ十日。旧王都を経て新王都シャルルへと到着したボクたちはさっそく王宮へと足を運び、なんとその日のうちに王との謁見に臨むこととなっていた。
ちなみにこれ、あり得ない早さです。いくら先触れによって到着する日時が確定していたとはいえ、国のトップと早々顔を合わせることなどできるはずがないのだ。旅の疲れをいやすためと短くても数日、長ければ十日以上待たされるのが普通なのだ。
この高速謁見が可能となった理由はいくつかあるのだけれど、一番は向こうの不手際に対する詫びだ。
とても今更な話なのだけれど、他国からの正式な使節団が国内を移動しているというのに案内や護衛の一つもないというのはおかしいよね。どうやら新王都と旧王都の対立というかマウントの取り合いというか主導権争いというか、むしろ足の引っ張り合い?とにかくそういったものに巻き込まれた結果だったらしい。
まあ、実際は監視の側面もあるので、いなければいないで気楽で良かったというのが実際のところだったのだが、それはそれこれはこれというやつでして。
で旧王都に到着した時に、新たに得た知縁も使ってそのことを抗議したのよね。交渉担当官殿がそれはそれは活き活きしていましたとだけ言っておく。
これだけならまだ良かったのだが、急遽護衛兼案内役として派遣されてきた連中がまた態度が悪くてねえ……。若い侍女たち数名に対してあからさまに良からぬ視線を向けてきやがりまして。
頭を抱えたくなる展開しか思い浮かばなかったので、適当な名目で行った模擬戦――もちろんこちらはボク一人――でボコボコにしてさっさとお帰りいただくことになったのだった。
このように失態続きだったことへの詫びとして、王との謁見があっという間に整えられたのだった。
ただし、新王都に到着直後で旅の疲れどころか汚れすらも碌に落とせていない状態となれば話は変わってくるというものだ。意趣返し、嫌がらせの意味合いも多分に含まれていたのだろうね。
城の兵士に先導されながら謁見の場へと続く長い廊下を歩いているのは、使節団の代表であるアルスタイン君とシュネージュルちゃんのお子様コンビに、実務面での主役となる交渉担当官、そしてフードを目深にかぶったボクともう一人の計五人だ。
一応、従者枠というか謁見の間でのフォロー役ということになっております。自分たちだけで謁見するのは不安だから一緒にいて欲しいと子どもたちに懇願された、という体だ。頭すっぽりフードで隠しているのは「顔をお見せできる身分の者ではありません」と暗に示しているためね。
内々とは言え従者が謁見する場にまで付き添えるなんておかしい?もちろん通常は許可されないよ。
しかし今回は、この早急な謁見スケジュールを含めてあちらに負い目があった。成人前の子どものわがままくらい大目に見よう、という建前でそれをなくそうしたという訳だ。
こちらとしては例の寵姫とやらをボクが直接見ることができるのであれば構わないので、すぐにこちらの案に変更となった。
ちなみに、当初の案だと贈り物を披露した上で草原地帯の魔物を相手に死闘を繰り広げた凄腕冒険者として紹介するというものだったので、ある意味確実性が上がったとすら言える。
「ドコープ連合国よりガルデン家のアルスタイン殿、レドス家のシュネージュル殿がご到着!」
遠目からの視線を感じ続けることしばし、大扉の前で二人の名前が告げられる。ボク以外の四人が緊張で身を固くしたのが分かる。
何かがおかしいと思ったのも束の間、すぐにその理由が理解できた。重苦しい音を立てて開かれた扉の向こう側にはきらびやかな衣装を身にまとった男女が大勢並び、その上中央には豪華絢爛な玉座がしつらえられていたのだ。
……なるほど、そうきたか。謁見の間で二人を正式な国賓として遇することで、これまでの失態は決して意図的なものではなく単なるミスだと表明してきたのだ。もちろん、そのミスですらあってはいけないレベルであるからして何人かの首が飛ぶことにはなったのだろうが、本格的な対立を招くよりははるかにマシだろう。
更に有力貴族を一堂に集めて目通りさせることで、こちらの表向きの目的である二人の顔見せは成功となる。よって文句を言うなどもっての外、逆に配慮に感謝しなくてはいけなくなってしまった。
まあ「格の違いを見せつけてやろう」というのが実際のところなのだろうけれど。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだよ。お集りの紳士淑女の皆々様方、南部の田舎者どもと侮っているのが丸分かりですよ。
などと考えていられたのもここまでだった。
「……は?」
玉座にいる者たちの姿が目に飛び込んできた瞬間、ボクは思わず声を上げてしまっていた。
だって、どっしりと座った男性の膝の上に、妖艶な女が横座りをしていたのだから。




