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九十二話 花畑の罠②

 シャーロットも不思議そうに小首をかしげるのだ。

 

「ルゥちゃん、さっきからずっと変なんです。ドラゴンさんに唸ったりして……フェンリルさんって、ドラゴンさんと仲が悪いんですか?」

「いや、特に天敵というものでもないが……」

 

 アレンは顎を撫でてノーブルドラゴンを見つめる。

 ドラゴンは相変わらず、もの悲しげな声で鳴くばかり。だがしかしその声は単調そのもので、まるで獲物を誘う餌のように思われて……。

 

(これは……下手に近付かない方がいいか)

 

 アレンはそう決め、ルゥに目線をやる。

 ルゥも声なく小さく頷いて、それでふたりの意思疎通は完了した。さりげなくシャーロットを左右から挟み、そっと退却を促す。

 

「よし。やはりここは――」

 

 戻って出直そう。

 そう切り出す寸前――突き上げるような揺れが三人を襲った。立っていられなくなるほどの地鳴りと轟音。


「ひゃっ……!」 

「っ……シャーロット!」

 

 アレンは咄嗟(とつさ)にシャーロットへ手を伸ばすのだが……。

 

「かぴー」

「なっ……!?」

 

 どこからともなく現れた黒い影が、彼女を(かす)め取っていった次の瞬間。足元の地面はあっけなく崩壊し、アレンは奈落の奥底へ突き落とされた。

 


 

「うっ……シャーロット!」

 

 ガバッと跳ね起きて辺りを見回す。

 果たしてそこは瓦礫の山だった。

 天高くに青空が見え、四方に石造りで整備された小道が続く。壁には魔石が埋め込まれ、淡い光を放っている。おかげで周囲がよく見渡せるが……そこにシャーロットの姿はなかった。

 

「くそっ……! 《(フライ)……!?」

 

 飛翔魔法を使おうとする。

 しかし浮遊感はまるでなく、数センチすら浮き上がることはない。

 魔法が発動しないのだ。


 アレンは愕然(がくぜん)とするしかない。そういえば落ちる寸前、咄嗟に魔法を使った覚えがある。だがしかしこうして地下に落ちているということは、それも発動しなかったのだろう。


 焦りと不安が一瞬で爆発した。

 目の前が真っ暗になりかけるが、すんでのところで堪えて叫ぶ。

 

「くそっ! 一体何がどうなって……シャーロット! どこだ! 頼む! 返事をして――」

『うるさい』

「へぶっ!?」

 

 凄まじい勢いで突き飛ばされ、アレンはずざざっと地面を滑る。とはいえそのもふもふした感触には覚えがあったので、無駄に焦らずに済んだ。

 

「る、ルゥ……?」

『おちつけ』

 

 倒れ込んだまま顔を上げたところ、額をぺしっと踏まれた。

 ルゥはアレンを見下ろして「がうっ」と唸る。翻訳すると『これでしずかになったな』だ。アレンは目を丸くするしかない。

 

「……おまえ、汎用魔物言語が喋れたのか」

『わるいか』

「いや……これまで一度も使ってなかっただろう、おまえ」

 

 アレンが分かるのは低ランクの魔物が使う言語のみだ。

 ドラゴンやフェンリルといった魔物は種族ごとに言語が異なる場合が多く、人間には習得が難しい。だからこそ魔物使い以外には対話が不可能なのだ。

 アレンもルゥと話すのはこれが初めてだ。

 ルゥは首をかしげてみせる。

 

『どうしてルゥがおまえに合わせなきゃならないんだ? ママとはふつうにお話しできるし、ひつようない』

「…………ママとは、まさかシャーロットのことか」

『あたりまえだろ。母上は母上だし、ママはママだ』

 

 ふんっ、と鼻を鳴らすルゥだ。

 母上というのはフェンリルの母親のことだろう。懐いているのは知っていたが、まさか二人目の母親として慕っているとは思いもしなかった。

 

(そりゃ、俺にはあっさりした対応になるよな……)


 アレンはしみじみと納得してしまう。

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