七十六話 地下室の住人③
「まさかとは思うが、三十年もの間ずっと……ここでキノコを食って暮らしていたのか?」
「そうっすよ。ボクたちエルフ族は燃費がバカみたいにいいもんでね」
ドロテアは事もなげに言ってのける。
「おまけにボクはエルフの中でもエリートと呼ばれるダークエルフっすからね。大気中のマナを吸収すれば、飲まず食わずでも百年は余裕なんです」
「百年! エルフさんってすごいんですねえ」
「いや、たしかにできる者もいると聞くが……」
素直に感心するシャーロットとは対照的に、アレンは眉を寄せるしかない。
エルフは自然に寄り添い生きる種族だ。
主に森の奥深くで集落を作って暮らしており、草花から生気を分けてもらうこともある。
だがしかし、彼らとて生物だ。菜食主義とはいえきちんと食事を取る。
飲まず食わずで百年……なんて芸当は、かなり力をつけた高位のエルフにしかできないことだ。
(そんなエルフが三十年も身を隠す必要に迫られるなんて……いったいどんな事情があったんだ?)
あまりにもキナ臭い。
訝しむアレンをよそに、ドロテアは小首をかしげてみせる。
「ってか、三十年も経ってるってことは……ひょっとして、地上だとボクってば失踪人扱い?」
「うっ……そういうことになる、な……」
アレンは目をそらすしかない。
(そうか……! 前の住民がまだ住んでいたとなると、非常にまずい……!)
間違いなく法的に揉める話だし、裁判までいく可能性だってある。
最悪の場合、アレンたちはこの屋敷から出て行かねばならなくなるだろう。
不動産屋から多少の見舞い金はもらえるだろうが……金の問題ではない。
お尋ね者であるシャーロットが暮らすのに、この屋敷はちょうどいいのだ。街からも遠いし、訪れる者も少ない。ようやくここでの生活に慣れたところだし、他の場所に引っ越すなんて可哀想だ。
かといって森の中に別の屋敷を建てるのも名案とは言えない。
きっとシャーロットは莫大な建築費について気に病むことだろう。
引っ越すのもダメ、新築もダメ。
そうなるとアレンに残された道は交渉しかない。
「なあ、ドロテア。物は相談なんだが……」
「はいー?」
アレンは手短に、屋敷を譲ってもらえないかと交渉する。するとドロテアは「ふむふむ」と考え込んでから、あっさりと言ってのけた。
「別にかまわねーっすよ。ボクはこの地下室の方が性に合ってますからね。屋敷の方は好きに使ってください」
「た、助かる。それじゃあ、金額などは改めて話し合いを……」
「いや、お金なんかいりません」
「は?」
目を丸くするアレンと、首をかしげるシャーロット。
ふたりの顔をじっくりと見比べて、ドロテアは顎を撫でる。
「ふむふむ、俺様キャラっぽい青年と、可憐な少女……中々どうして面白い取り合わせじゃないですか。ボクのセンサーにビンビンくるっすよ」
「いったい何の話だ……?」
「なあに、ちょっとした交換条件を出させてもらおうかと」
ドロテアはニヤリと笑う。
その笑みにアレンは言い知れぬ不安を覚えるが……相手はおかまいなしで、軽い調子で続ける。
「おたくらには、ボクの望みを叶えてもらう。その対価がお屋敷。簡単な取り引きっすよ」
「……金の方が手っ取り早くて助かるんだが?」
「なーに、おふたりで協力したらすぐに済みますって」
「わ、私にもお手伝いできることなんですか?」
「もちろんですとも! むしろおふたりじゃなきゃ始まらないっす!」
ますます謎は深まるばかりだ。
アレンはジト目でドロテアをにらむ。
「それで、いったい何をすればいいんだ?」
「ふっふっふー……そんなの決まっています」
ドロテアはどこからともなくメモ帳とペンを取り出して、びしっとペン先を二人に向ける。
「さあ、ボクの前で全力でイチャついてもらいましょーか! 稀代の恋愛小説家、ドロテアさんの新作のためにもねえ!」
「はあ!?」





