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七十五話 地下室の住人②

「いやー、ビックリさせちゃったっすねえ。申し訳ないですよ」

「はあ……」

「え、っと……?」


 アレンとシャーロットは顔を見合わせ、生返事をするしかない。


 ふたりがいるのは庭にあった地下室だ。

 縄ばしごを下りた先には、小さな一室が広がっていた。

 本棚にベッド、小さな文机。部屋の隅には簡単な調理セットが積み上げられているし、奥にはきのこの栽培部屋まであるらしい。

 魔力の明かりが煌々とともっているし、手狭ながらに居心地の良い空間である。


 ふたりを招き入れた女性は、にこやかにカップを勧めてくる。

 だるだるのシャツは伸びきっていてお尻のあたりまでを隠すほど。それ以外には何も穿いていなかった。セクシーというより、ただシンプルにだらしない。


「どうっすか、ボクの特製キノコ汁。なかなかいけますよ?」

「いや、遠慮しておく……」


 カップを満たすのは、光の加減で紫や赤茶色に変化する謎の液体だった。炎天下で数日放置した果物が発するような、苦くて甘酸っぱい臭いも漂ってくる。

 あの無臭の白いキノコから、なぜこんな液体が生まれるのか。やや気にはなったが、毒味する覚悟はなかった。

 シャーロットもまた、無言でそっと目をそらしてみせる。


 ちなみにルゥは地上で留守番だ。

 どうやらこの地下室からは得体の知れない臭いがするらしく、真顔で首を横に振って拒絶した。正直アレンも来たくはなかったが、やむをえまい。


 件の女性はカップを片付け、肩をすくめてみせる。


「で、アレン氏……でしたっけ? おたくらが地上にプールを作ったせいで、ボクのキノコが汲み上げられちゃったんすね。盗んだわけじゃないのはわかったっすけど……まったく迷惑な話ですよ」

「それについてはひとまず謝罪しておくが……」


 アレンは小さく頭を下げる。

 彼女の食料を台無しにしてしまったことは事実らしい。

 だがしかし……問題は山積していた。アレンは女性を真っ向からにらみつける。


「……貴様、いったい何者だ?」

「んあ? そういや自己紹介がまだでしたね」


 女性は胸を張って名乗ってみせる。


「ボクはドロテア・グリ=ム・ヴァレンシュタイン。気さくにドロテアさんと呼んでほしいっす!」

「いや、そういうことではなく……いつからこの地下室に住んでいたんだと聞いているんだ!」


 部屋の様子を見る限り、ここ一日や二日の滞在ではないだろう。

 そもそも庭に怪しい者が出入りしていれば、アレンは気配で気付く。今はシャーロットもいることだし、警戒を怠ったつもりはない。


 それなのにこの不審者だ。怪しむなという方が無理な話である。


「まさか本当に……屋敷に取り憑いた幽霊か?」

「ひえっ……! や、やっぱりいらしたんですね……!」


 シャーロットが怯えてアレンの腕にしがみつく。急な接触にアレンは少しばかり心臓が止まりかけるが、鉄の意志で踏みとどまった。


「ゆーれい? なんの話っすかー?」


 一方で女性――ドロテアは首をひねるばかりだ。そのまま腕を組んで考え込む。

 

「でも、いつから……っすか。実は全然わかんないですよねえ」

「わからないとはどういうことだ?」

「ちょっと人から隠れる必要があったもんで、ずーっと引きこもってたんすよ。つーか、聞きたいのはボクの方っす」


 ドロテアはじとーっとアレンを見つめる。


「あんたたちこそ、いったい何者なんすか? なんでここにいるんです?」

「何者って、この上の屋敷に住んでいる者だが……」

「はあ!? ここはボクの家っすよ! なに勝手に住み着いちゃってるんですか!」

「なにを訳の分からないことを……って、ちょっと待て」


 そこでアレンはハッとする。

 ドロテアのぼさぼさの髪……そこに隠れた耳をよく見れば、笹の葉のように長く尖っていた。あきらかに人間ではない。あの耳は間違いなく――。


「まさか貴様……三十年前に姿を消した、前の住民のエルフか!?」

「ええええ!?」

「さん、じゅう……ねん?」


 ドロテアはぽかんと目を丸くする。

 しかしすぐに顎を撫でてしみじみと唸るのだ。


「へー、もうそんなに経ってたんすね。どーりで外の景色がちょっと変わってるはずっすよ」

「さ、三十年って……! ドロテアさん、どう見てもアレンさんと変わらないくらいのお年ですよ!?」

「まあ、エルフの老化は極めて遅いからな……」


 ゆえに、エルフは時間の感覚が人間とはかなり異なっている。

 彼女からしてみれば、三十年などあっという間の時間だっただろう。それにしたって謎は大いに残るものの。

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