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七十話 旅の終わりに②

 帰ったら、ミアハや街の人々に礼を言わねばならない。

 旅行プランには多少思うところがあったものの……アレンもおおむね満足だった。


「さて、それでは帰るか」

「馬車の用意はできておりますよー。どうぞこちらです」

「どうもお世話に……あれ?」

「む、どうした」

 

 シャーロットがふと、明後日の方向に顔を向ける。

 なんとはなしにアレンもそちらに目を向けて――。

 

「うおっ」

 

 その瞬間、大きな影が地面に降り立った。

 ずしんと重い音を響かせるのは、あのフェンリルの母親だ。

 他の子供たちも続々とやってきて、一気にホテル前が騒がしくなる。

 

「きゃあああああ! フェンリルです! しかも大勢! こんなに近くで見れるなんて……二百年生きてきて初めてです!」


 人魚は大興奮ではしゃぎ始めるが、ほかの客たちは驚いて逃げ惑ったり歓声を上げたりと様々な反応だ。

 アレンはフェンリルの母親を見上げて首をかしげる。

 

「ひょっとして挨拶に来てくれたのか?」

「ガウッ」

 

 彼女は上機嫌そうに軽く鳴いてみせた。

 その足元からひょっこり顔を出すのは……あの銀色の体毛を持った子供だった。血の汚れは綺麗に落とされ、足取りも軽い。


 どうやら動物園まで迎えに行った帰りらしい。

 シャーロットがその姿を見てぱっと顔を輝かせる。

 

「わあ! 昨日のフェンリルさん!」

「わふっ!」

「もうすっかり元気になったんですねえ。よかったです」

 

 シャーロットに撫でられて、フェンリルの子供は嬉しそうに目を細める。

 平和な光景にアレンも柄にもなくほのぼのとした気持ちになるのだが……フェンリルが続けてわんわん鳴いてみせると、シャーロットが目を丸くする。

 

「えっ……えええ!? 本当ですか……!?」

「どうした?」

 

 シャーロットはフェンリルの頭を撫でながら、おずおずと告げる。

 

「こ、この子、たぶん……私たちに着いて行きたいって、言っています」

「なに!?」

 

 アレンもさすがに驚くのだが、どうやらそれで正解だったらしい。母親もほかの兄弟たちも平然としている。それはまるで家族の見送りに出てきたような空気で……。

 

「おいおい、いいのか? 大事な子供だろうに」

「ガルルッ」

 

 フェンリルの母親の鳴き声は、アレンにもなんとなく理解できた。

 可愛い子には旅をさせるもの、と言いたいのだろう。

 シャーロットは不安げに眉を寄せてみせる。


「で、でも……ご家族と離れて、寂しくないんですか?」

「たぶんご心配には及びませんよ」


 それに応えるのは人魚のコンシェルジュだ。

 

「お客様のご自宅ってグロル地方でしたっけ? フェンリルの足なら、ここまで小一時間で帰って来れちゃいますよ。ちょっとした下宿みたいなものですね」

「なるほどなあ」


 それならアレンも安心だ。

 すこし身をかがめ、銀のフェンリルの目を覗き込む。昨日は敵意しか感じられなかったそこに……今日は穏やかな光が満ちている。


「よし、ならば俺の家に来るといい。シャーロットと仲良くしてやってくれ」

「わんっ!」

「い、いいんですか? 私だけじゃなく、この子までお世話になることになりますけど……」

「かまうものか」

 

 屋敷は広いし、街から遠く離れている。

 多少大きな家族が増えても誰かに迷惑をかけることはない。周囲に自然が多いので散歩もできるし、アレンには魔物の飼育経験がある。つまり何ら問題がないのである。


 そう説明して、ついでにアレンはニヤリと笑う。

 

「それに、家族が増えるのはいいことだろ」

「か、家族……私も、ですか?」

「何を言うか。当たり前だろう」


 きょとんとするシャーロットに、アレンは首をかしげてしまう。

 夫婦だのカップルだのと言われてまごついたものの……これだけは胸を張って言える。


「おまえは俺の大切な家族だ」

「…………」

「む。どうした、急に黙り込んで。なにかおかしなことを言っただろうか?」

「なっ、なんでも、ないです……」

「ガルゥ……」


 シャーロットは真っ赤になって黙り込み、なぜかフェンリルの母親が半目を向けてくる始末。子供はアレン同様、首をかしげるばかりだった。

 そんななか何かを察したらしい人魚が、まばゆいばかりの営業スマイルで爽やかに言ってのける。


「それじゃあ……本当の新婚旅行の際には、ぜひとも当ホテルをお使いくださいね♪」

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