六十九話 旅の終わりに①
満月の輝く夜。
闇に紛れて、ユノハ地方の山中をさまよう一団がいた。どれもこれもが武装しており、物々しい空気を漂わせている。
ひときわ体格のいいリーダー格らしき男が、じろりと森の奥をにらむ。
「ほんとにこっちの方角だったんだろうな?」
「へ、へい。間違いありやせん。動物園から帰っていくのを見てましたから」
「それにしても、まさか動物園に保護されていたとは災難ですよね……」
「まったくだ。やっとガキを一匹追い詰めたっていうのによ」
リーダー格はため息をこぼしてから、ニヤリと笑う。
「だが、ほかにもガキがいるなら幸運だ。一網打尽にしてやろうじゃねえか」
「はい! 毒もいろいろ持って来ましたし、親だって怖くねーですぜ!」
「ガキ一匹でも金貨百枚ですもんね。全部終わったら何しようかなー」
「とりあえずまずは娼館でパーっとやろうぜ!」
暗い森の中に、下劣な笑い声が響き渡る。
誰がどう見ても密猟者の集団だ。そういうわけで……処遇は決まった。
「《氷結縛》」
「がっ!?」
突然足元の地面が凍りつき、男たちの悲鳴が山中に響く。
膝あたりまでを飲み込んだ氷を砕こうとするが、剣を突き立てても傷ひとつつかない。
騒ぐ彼らの前に、アレンはふらりと姿を現わす。
「本当にのこのことやって来たな。悪人の思考は読みやすくて助かる」
「な、なんだ! てめえは……!」
「名乗るほどの者ではない。今回はただの付添い人だ」
「付添い……って!?」
男たちの顔が蒼白に染まる。
ずしん、ずしんと地響きを立てて……木立の間からフェンリルの母親が顔を出したからだ。もちろん他の子供たちも一緒である。
彼女は一団をねめつけて、低い声で唸る。
「ガルル……!」
「ひいいいっっっ!?」
それだけでフェンリルたちの怒りを察したらしい。そして、自分たちに待ち受ける運命も。
男たちはガタガタ震えながら命乞いをはじめる。
「ど、どうかなにとぞ……! 命ばかりはお助けを!」
「何を言う。もちろん殺しはしない。役人に突き出すだけだ」
「へっ、そ、そうなのか……?」
男たちの顔からあからさまに恐怖が消える。
アレンの言葉は本当だ。シャーロットに頼んで、密猟者を見つけても命までは奪わないように説得してもらった。ただし……もちろん報復はする。
「まあまあ、その前に……《防御強化》」
「へ」
アレンが指をぱちんと鳴らせば、男たちの体が微かに光る。
防御力を高める魔法だ。
とはいえ少しばかり効果を落とした。ビンタくらいなら痛くも痒くもないが、全力でぶん殴られるとちょっとは痛い。そんな絶妙なさじ加減である。
アレンはフェンリル一家に、さわやかな笑顔を向ける。
「さー、これでいくらやっても死なないぞ。好きなだけ鬱憤を晴らしてくれたまえ」
「ガルルルァアアアア!!」
「ぎぃいいいやあああああ!?」
かくして密猟者たちはおやつの骨よろしく、一晩中フェンリル一家にガジガジされた。
次の日の朝。
「今回は……まことにありがとうございました!」
ホテルの玄関で、人魚のコンシェルジュが頭を下げてみせる。
アレンたちが帰るということで、わざわざ見送りに来てくれたのだ。彼女はニコニコと続ける。
「聞きましたよ、お客様! あのフェンリルを救ってくださったとか!」
「ふっ。まあな」
アレンは薄く笑い、シャーロットの肩をぽんっと叩く。
「ちなみにその功労者はこいつだ」
「まあ、そうだったんですか!」
「えええっ!?」
すっとんきょうな声を上げるシャーロットだった。
目を丸くしながら、おずおずと口を開く。
「フェンリルさんの怪我を治したのは動物園のみなさんですし、悪い人たちはアレンさんが捕まえてくださったんですよね? 私はお話をしただけですし、たいしたことは……」
「だが、おまえがいなければこうも丸くは収まらなかった」
フェンリルの子供は治療を拒み続け、親の怒りは止まらなかった。
そうなれば、きっとアレンは動物園を守るため、フェンリルの親を傷付けてしまっていただろう。
「だから、これはおまえの手柄だ。胸を張るといい」
「私、の……」
シャーロットはぽかんとしたまま、じっと己の手を見つめる。
そんな彼女に、人魚は向き直って再び頭を下げてみせた。
「ありがとうございます、お客様。これでまたあの子たちの元気な姿が見れます!」
「……はい!」
シャーロットは明るい笑顔で応えてみせた。
二泊三日の温泉旅行は楽しくもあり……シャーロットにとって、得るものの多いイベントとなった。





