六十八話 魔物使い②
フェンリルも突然の闖入者に戸惑っているようだった。
殺気をひとまず収め、ボーパルバニーをじっと凝視している。
そんななか、アレンはハッとして魔物言語で叫んだ。
『こ、こら! 早く逃げろ!』
『なんでー?』
ボーパルバニーはこてんと首をかしげてみせる。
その仕草自体はとてもコミカルで和やかだ。だがしかし、今は状況があまりに逼迫している。
それなのにボーパルバニーは動こうとせず、きゅうきゅう気楽に鳴くばかり。
『せっかくみんなで来たんだもんー。もうちょっとお外にいるよー』
『……みんな?』
その不可解な単語に首をひねった、そのときだ。
ズドン!!
「うおっ!?」
凄まじい地響きとともに、幾多もの影が平原に舞い降りる。
一万年という長寿を誇る万古竜、劫火をその身にまとったフェニックス、鷹の羽と獅子の体を持つキマイラ……。
さらには動物園の裏門が開き、羽を持たない魔物たちがぞろぞろと現れ出でる。
おそらく動物園で飼育、もしくは保護されていた魔物たちだろう。しかも彼らは統率がきちんと取れていて、脱走というよりパレードのような光景だ。
アレンはただ呆然とそれを見守ることしかできなかったのだが……。
「あっ、アレンさーん!」
「シャーロット!?」
地獄カピバラの背に乗って、シャーロットがこちらにやってくる。
他の魔物たちはゆっくりと通り道を開け、そばで大人しく控える始末。アレンは慌てて彼女のところまで駆け寄った。
「な、なんなんだこれは!? フェンリルの子供はどうしたんだ!?」
「もちろん……大丈夫ですよ!」
シャーロットがにっこり笑ったその瞬間。
大きな影がアレンたちの頭上を飛び越えた。
軽やかに地面に降り立つのは……あの、傷付いた銀のフェンリルだ。毛皮は薄汚れているものの、その佇まいには力が感じられる。
子供のフェンリルは、母親に向き合い懸命に吠える。
「ぐるる、るぅ!」
「ガゥ……?」
すると親は目を細め、我が子の声に真剣に聞き入った。
殺気はなりを潜め、かわりに表情が和らいだ。
どうやら経緯を説明しているらしい。
シャーロットはほっとしたように胸を撫で下ろす。
「アレンさんが出て行ってから、頑張ってあの子に話しかけてみたんです。そしたら分かってくれて……ちゃんと治療もできたんですよ!」
「ほ、本当にやったのか……」
アレンはため息をこぼすばかり。
しかし、それならそれで分からないことが残る。周りに整然と並ぶ魔物たちを見て低い声で問う。
「で、これはなんだ……?」
「あの、フェンリルさんとアレンさんの元に行こうとしたら……皆さん、心配だからついて行くっておっしゃってくれて……それで」
「まさか……魔物言語がわかるのか!?」
「は、はい。なんとなくですけど……わかるようになりました!」
シャーロットはこともなげに言ってみせた。
アレンは初歩の魔物言語を習得するのに半年ほどかかったものだが……。
(これはきちんと訓練すれば……俺と渡り合うほどの魔物使いに育つのでは?)
最強の大魔王のとなりに並び立つ、最強の魔物使い。
なかなか向かうところ敵なしのタッグになりそうだ。
そんな予感を覚えた、そのときだ。
「ガルゥ……」
「うおっ」
低い唸り声がすぐ後ろで響き、思わず肩が跳ねてしまう。
振り返ってみれば、そこにはフェンリルの母親が立っている。
アレンを見下ろし、次に顎で示すのは氷漬けになった子供達である。
シャーロットがこそこそと耳打ちする。
「もう襲わないから放してほしい、って言ってるみたいです」
「あ、ああ。承知した」
ぱちんと指を鳴らせば、氷が一気に溶けて兄弟たちが自由の身となる。
体をぶるぶる振って水滴を落とす兄弟たちを見て、フェンリルの母親は安心したようだ。そのまま踵を返して去ろうとするのだが――。
「あっ、あの、待ってください。お母さん!」
「……」
シャーロットがその背に声をかけた。
ゆっくりと振り返るフェンリルの母親。怪我を負っていた子供を指し示してから、シャーロットは頭を下げてみせる。
「あと一日、その子をここに置いてあげてください。怪我はほとんど治ったんですけど、まだ検査が必要みたいで……どうかお願いします」
「……」
フェンリルはその隻眼で、じっとシャーロットを見つめる。
緊迫感の漂う中、アレンは身構えるのだが……心配したような展開にはならなかった。
「ガルゥ……」
「ひゃっ」
フェンリルはその大きな舌でシャーロットの顔を舐めてみせた。
怪我をした子供もシャーロットに寄り添い、甘えるように体を擦り付ける。檻の中で唸っていたのと同一個体と思えないほどの変わりようだ。
色々ツッコミどころがあるものの……。
「ま……一件落着か」
「かぴー」
シャーロットを運んできた地獄カピバラが『よくやったな、若いの』と激励してみせた。
「かぴぴかぴー」
「は? 『頭に奇天烈なものが生えているわりに、な』だと? 一体なんの……あっ」
頭に手をやって、ハッと気付く。
シャーロット同様……自分もあの猫耳をつけたままでいることに。





